筆者の思想的立場を除けば、インテリジェンス学習の素材として、素晴らしい本です。
1 素晴らしい点
戦前の「国際諜報団事件」は、正に我が国の防諜体制がソ連のスパイ工作に敗北した事例ですが、同事件でゾルゲ、尾崎秀実らの摘発に至った経緯を、内務省特別高等警察や米国共産党に関する開示資料を詳細に分析して解明しています。その過程で、米国共産党とその日本人部の果たした役割、これに対して、特別高等警察がどのような防諜対策・暴力革命対策をとっていたかが分かり、インテリジェンスの教材として興味深いものがあります。
(1)米国共産党と日本人部の興味深い役割
○ 米国共産党は、ソ連共産党が指導する世界共産革命にとって特別重要な役割を担っていた。即ち、アメリカ革命を目指すだけでなく、「人種のるつぼ」移民社会アメリカの利点を活かし、ソ連共産党が必要とする革命運動のための国際工作員を数多く供給して、世界革命の基地としての役割を担っていた。
○ 米国共産党は16の言語別ビューロー(グループ)を形成して、各言語国の革命を支援した。
○ 日本人部の任務は、アメリカ革命と共に日本革命も担っていた。
○ ソ連共産党のアジア工作は、アメリカ西海岸を拠点に実行された。そのため、コミンテルンのフロント組織であるプロフィンテルン(赤色労働組合インターナショナル)、そのアジア太平洋支部である汎太平洋労働組合書記局(1933年からサンフランシスコ所在)を拠点に、野坂参三による対日革命工作、アグネス・スメドレーによる対中国革命工作、ユージン・スミスによる対フィリピン革命工作、東京ゾルゲ機関支援などがなされた。
○ コミンテルン野坂参三は、1934~37年にかけて米国共産党と日本人党員(ジョー小出、木元伝一、長谷川泰二)の協力を得て、対日革命工作を実施した。
○ ゾルゲの活動を支援するため、米国共産党日本人部書記・矢野努は、ゾルゲ事件で検挙された宮城与徳を日本に派遣した。
○ 尾崎秀実は、初代日本人部書記・鬼頭銀一によって1930年に上海でリクルートされ、ゾルゲに紹介された。
(2)特別高等警察による防諜対策・暴力革命対策
○ 1931年に鬼頭銀一を、治安維持法違反被疑者の逃走幇助容疑により、上海で逮捕。取調により、当時の米国共産党日本人党員16名を供述。これを契機に、米国共産党の日本人党員の調査が開始される。
○ 1933年、日本領事館のエージェント井上元春の情報により、カリフォルニア州の日本人共産党員とシンパ約200人(ゾルゲ事件で検挙される北林トモ、宮城を含む)を把握。
○ 1936年米国カリフォルニアに亘り日本人共産党員と交流した岡繁樹の取調から、米国共産党日本人部の活動と対日工作の状況を把握。
○ 米国共産党員・小林勇の検挙(1936年末)や「コミンテルンの密使」小林陽之助の検挙(1937年末)により、ソ連・アメリカ・日本を結ぶ国際連絡の仕組やコミンテルン国際連絡部による偽造旅券や秘密連絡の方法を把握。
特別高等警察は、これらの情報を基に、米国共産党員やシンパのリストを造り、帰国者を国内で監視しており、監視活動から、北林トモや宮城与徳が浮上してそこから、ゾルゲスパイ団が解明されたと推定している。
これらの推論は極めて合理的であり、納得できるものです。
2 賛同できない点~著者の立ち位置
著者は、尾崎秀実の自己弁護「自分の理想とする『世界的共産、大同社会の実現』を目指した」(196頁)ことを紹介しているが、本書はどうも、尾崎秀実の行動を評価しているようなのである。
しかし、尾崎秀実の行為は、コミンテルンの指示に従い、日中戦争の泥沼化を進め、日米対立を激化させて、日米戦争に向かわせ、日本敗戦の廃墟の中から日本共産革命を目指した行為である。どう見ても、我が国の国益を毀損した国家反逆行為である。本人が主観的に「善」を目指したとしても、客観的には史上最悪の全体主義国家ソ連・ソ連共産党とコミンテルンの手先となって国益を大きく毀損し「悪」をなしたのである。このような犯罪者をどうして評価できるのか著者の論理が理解できない。ひょっとすると、このような評価が日本の「学会」では標準的なだろうか。とすれば、そのような「学会」は「反日学会」?
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新書725ゾルゲ事件 (平凡社新書 725) 新書 – 2014/3/14
加藤 哲郎
(著)
太平洋戦争開戦前夜、赤色スパイ事件として日本官憲によって摘発されたゾルゲ事件。ゾルゲ・尾崎の処刑から70年、旺盛な資料探索によって浮かび上がってきた真実とは何か。
- 本の長さ254ページ
- 言語日本語
- 出版社平凡社
- 発売日2014/3/14
- 寸法10.7 x 1.4 x 17.3 cm
- ISBN-104582857256
- ISBN-13978-4582857252
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登録情報
- 出版社 : 平凡社 (2014/3/14)
- 発売日 : 2014/3/14
- 言語 : 日本語
- 新書 : 254ページ
- ISBN-10 : 4582857256
- ISBN-13 : 978-4582857252
- 寸法 : 10.7 x 1.4 x 17.3 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 331,149位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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上位レビュー、対象国: 日本
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2017年1月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2014年3月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ものの本に「スパイの歴史は人類の歴史と共にはじまっている。ユリシーズがトロイを攻略できたのもシノンというスパイのおかげだった。さらにそれより前、モーゼがカナンの地をさぐったさいも十二人のスパイを送り出しラハブという娼婦の助けで情報を集めることができた、とされる」。なるほど。
日本、ソ連、中国、ドイツ、英国、米国に関り太平洋戦争前夜に摘発された「国際諜報団」事件=ゾルゲ事件はいまなお幾つもの闇の中にある。本書では<首魁>のゾルゲ、尾崎秀実の処刑から70年たって探り出された史実の数々が明らかにされる。
これまでの通説は尾崎秀実の異母弟だった作家尾崎秀樹の『ゾルゲ事件』中公新書が典型だが戦前日本の特高警察と裁判記録あるいは日本共産党の自己正当化と無謬主義の言説、さらに戦後マッカーシズムの時代のGHQ.G2のウィロビー報告に依存してきた。なかでも影響が大きかったのが社会派推理小説、現代史発掘で筆を振るった巨匠松本清張の『日本の黒い霧』シリーズの『革命を売る男・伊藤律』であった。昨年版元の文芸春秋社が断り書きを加えて改定版としたのは、事件摘発のきっかけを作ったのが当時の共産党幹部伊藤律=スパイという説が<冤罪>であったことが証明されたからである。
俗説・通説の根拠を徹底的に突き崩すため、事件を同時代の諜報戦と戦後冷戦下の情報戦という二重の視角から切り取る著者の立論・叙述は学問的な厳密さを期したため簡単ではないができる限りの範囲で章毎に要点を紹介する。
[序章 膨張する情報戦、移動する舞台を配役]
ここでは当時は隠蔽された軍部と皇室との関係に注目p21。秩父宮と会ったアイノ・クーシネンの存在。優れた諜報機関の役中国共産党「中央特科」もp28。
[第一章 ゾルゲ事件はいかに語られてきたか]
ベストセラー『愛情は降る星のごとく』に対するウィロビーの『赤色スパイ団の全貌』p39。(評者注)訳者福田太郎はのちに児玉誉士夫の秘書としてロッキード事件に登場するが事件4ヶ月後に急死する。あるいは<謀殺>か?
[第二章 ゾルゲ事件のイメージのルネッサンス]
1989年ソ連の崩壊による資料公開、それを追った在野の歴史家渡部冨哉の執念p57。中国映画『東風雨』p71で描かれた上海ゾルゲグループの姿。
[第三章 松本清張「革命を売る男・伊藤律」説の崩壊]
とくに米国における情報公開による新事実の解明。次章にも続く。
[第四章 川合貞吉はGHQウィロビーのスパイだった -「清里の父」ポール・ラッシュの諜報活動]
1947年8月5日付け神田の古書店で発見された無署名のGHQ民間情報局CIS報告書が明らかにしたものp102。<偉人>とされてきたラッシュの実像p106。
[第五章 検挙はなぜ北林トモ、宮城與徳からだったのか -米国共産党日本人部の二つの顔]
<オモテ>と<ウラ>の二つの顔をもつ米国共産党p140。警視庁外事課通訳だった鈴木邦子は宮城と「交際」?p151。
[第六章 ゾルゲ事件の二重の「始まり」 -キーパーソン鬼頭銀一]
南洋ペリリューで変死した米国共産党員鬼頭の生涯p178。真相はいまなお闇のなかにp239。
評者にとって印象深いのは、ゾルゲ・尾崎は検挙された「失敗したスパイ」であったのに対して「成功したスパイ」としてウルズラ・クチンスキーの名が挙げられている事実であるp63。著名な経済学者の兄ユルゲン・クチンスキーの著作にかつて触れたことを想起した。
「あとがき」で著者は特定機密保護法案を巡り読売新聞がゾルゲ事件を引き合いに出した社論をとらえて「GHQ/G2ウィロビーがマッカーシズムのために利用した場合と同じ」p246と厳しく批判している。この事件を巡る言説は過去だけでなく今日的意味も大きい。
日本、ソ連、中国、ドイツ、英国、米国に関り太平洋戦争前夜に摘発された「国際諜報団」事件=ゾルゲ事件はいまなお幾つもの闇の中にある。本書では<首魁>のゾルゲ、尾崎秀実の処刑から70年たって探り出された史実の数々が明らかにされる。
これまでの通説は尾崎秀実の異母弟だった作家尾崎秀樹の『ゾルゲ事件』中公新書が典型だが戦前日本の特高警察と裁判記録あるいは日本共産党の自己正当化と無謬主義の言説、さらに戦後マッカーシズムの時代のGHQ.G2のウィロビー報告に依存してきた。なかでも影響が大きかったのが社会派推理小説、現代史発掘で筆を振るった巨匠松本清張の『日本の黒い霧』シリーズの『革命を売る男・伊藤律』であった。昨年版元の文芸春秋社が断り書きを加えて改定版としたのは、事件摘発のきっかけを作ったのが当時の共産党幹部伊藤律=スパイという説が<冤罪>であったことが証明されたからである。
俗説・通説の根拠を徹底的に突き崩すため、事件を同時代の諜報戦と戦後冷戦下の情報戦という二重の視角から切り取る著者の立論・叙述は学問的な厳密さを期したため簡単ではないができる限りの範囲で章毎に要点を紹介する。
[序章 膨張する情報戦、移動する舞台を配役]
ここでは当時は隠蔽された軍部と皇室との関係に注目p21。秩父宮と会ったアイノ・クーシネンの存在。優れた諜報機関の役中国共産党「中央特科」もp28。
[第一章 ゾルゲ事件はいかに語られてきたか]
ベストセラー『愛情は降る星のごとく』に対するウィロビーの『赤色スパイ団の全貌』p39。(評者注)訳者福田太郎はのちに児玉誉士夫の秘書としてロッキード事件に登場するが事件4ヶ月後に急死する。あるいは<謀殺>か?
[第二章 ゾルゲ事件のイメージのルネッサンス]
1989年ソ連の崩壊による資料公開、それを追った在野の歴史家渡部冨哉の執念p57。中国映画『東風雨』p71で描かれた上海ゾルゲグループの姿。
[第三章 松本清張「革命を売る男・伊藤律」説の崩壊]
とくに米国における情報公開による新事実の解明。次章にも続く。
[第四章 川合貞吉はGHQウィロビーのスパイだった -「清里の父」ポール・ラッシュの諜報活動]
1947年8月5日付け神田の古書店で発見された無署名のGHQ民間情報局CIS報告書が明らかにしたものp102。<偉人>とされてきたラッシュの実像p106。
[第五章 検挙はなぜ北林トモ、宮城與徳からだったのか -米国共産党日本人部の二つの顔]
<オモテ>と<ウラ>の二つの顔をもつ米国共産党p140。警視庁外事課通訳だった鈴木邦子は宮城と「交際」?p151。
[第六章 ゾルゲ事件の二重の「始まり」 -キーパーソン鬼頭銀一]
南洋ペリリューで変死した米国共産党員鬼頭の生涯p178。真相はいまなお闇のなかにp239。
評者にとって印象深いのは、ゾルゲ・尾崎は検挙された「失敗したスパイ」であったのに対して「成功したスパイ」としてウルズラ・クチンスキーの名が挙げられている事実であるp63。著名な経済学者の兄ユルゲン・クチンスキーの著作にかつて触れたことを想起した。
「あとがき」で著者は特定機密保護法案を巡り読売新聞がゾルゲ事件を引き合いに出した社論をとらえて「GHQ/G2ウィロビーがマッカーシズムのために利用した場合と同じ」p246と厳しく批判している。この事件を巡る言説は過去だけでなく今日的意味も大きい。
2014年3月20日に日本でレビュー済み
著者は、あえて本書の題を「ゾルゲ事件」としたという。
1963年に、尾崎秀美の腹違いの弟、尾崎秀樹による「ゾルゲ事件」が中公新書の一冊として刊行され、いわば「入門書」の役割を果たしてきた。しかし、尾崎秀樹の本は、「肉親の情」と感じられるところが多く、しかも、そのストーリーは、当時の特別高等警察の調書と戦後の「ウィロビー報告」を基調とするものである。
「覆された神話」という副題を持つ本書は、伊藤律の帰国とソビエト崩壊後の資料流失を踏まえた「ゾルゲ事件」研究の現在を伝えようとする。
本書に於いて、新たな観点として提起されていることは以下の三点である。
1 「川合貞吉」は、戦後、「ウィロビーのスパイ」であったこと
「オットーと呼ばれた日本人」(劇団民芸)のモデルであり、献身的コミュニストを演じてきた川合は、戦前の上海における「ゾルゲ機関」設立の重要な証言者であった。しかし、その証言は不確実なものを含み、また、戦後は三鷹で当時共産党員だった尾崎秀樹の隣家に住んで交流を続け、尾崎には兄事されたが、その間、月1万〜2万の報酬をG2、もしくはCISから得ていた。支払われた報酬の総額は43万円という。
(当時、大学卒の初任給は3千円程度。これについては渡部富哉氏のブログ「ちきゅう座」に詳しい。渡部氏は元共産党員で伊藤律の遺言執行者。現代史研究者として「白鳥事件」の真相などをブログに掲載している)
2 宣教師「ポール・ラッシュ」が占領軍の有能な尋問官、分析官であったこと
「清里の父」「アメリカンフットボールを日本に伝えた男」などと知られるポール・ラッシュは、戦後、占領軍の有能な尋問官、情報分析官として「戦犯指定」などに辣腕をふるった。
3 新に浮かび上がった「鬼頭銀一」の存在
ゾルゲ事件の発端に「アメリカ共産党」との関係がある。最初の「日本部」の指導者が鬼頭純一であり、上海でゾルゲと尾崎を引き合わせたのは、特高調書ではスメドレーとされてきたが(尾崎等が誘導した)、鬼頭の可能性が高い。鬼頭は、1938年にパラオで謎の不審死を遂げ、直接、ゾルゲ事件との関わりは乏しい。しかし、日本の特別高等警察に、帰国日本人とアメリカ共産党との関係を注目させる切っ掛けを作っている。
「アメリカ共産党」は、中国・日本でのコミンテルンの暗躍を究明する上で、核心となるものの一つである。「鬼頭」の存在を尾崎やゾルゲが必死で隠したことは意味があったのである。
「伊藤律」のことはもういいだろう。GHQの日本共産党対策と共産党内部の対立が、伊藤律の事件との関わりをフレームアップさせた可能性が高い。
なお、著者は、現今の「特定秘密法案」には反対の立場に立ち、尾崎秀美についても「報酬のためではなく、コミンテルンと世界の共産化という信念のためにスパイになった人物」と評価する。
(確かに尾崎は当時「満鉄」の嘱託として、世間の常識を遙かに超える多額の報酬を受け取りながら、関東軍本部を爆破しようという「満鉄調査部事件」にも関わっていた疑いがある。内閣顧問として報酬も受け取り、著述家としても活躍していた。川合には時折金をせびられる立場にあったから、川合がもらうようなはした金に興味はなかっただろう。その意味で「報酬」が動機でなかったことは明らかだ。尾崎は、日本という皇室をいただく国家を破壊して、ソビエトに隷属する共産国家を作り、その指導者の一人となりたかっただけに違いない。しかし、それが、そんなに素晴らしいことだったのか。尾崎の綽名は「ミルクタンク」。女も権力も名声も人一倍好きで、そのためには手段を選ばないタイプの男だったろう)
著者の尾崎やゾルゲ、社会主義に対する評価は、読者によって異論があるだろうが、「ゾルゲ事件」研究の現在をコンパクトに伝えながら、現在進行形の研究の動向についても示唆を与えてくれる。
1963年に、尾崎秀美の腹違いの弟、尾崎秀樹による「ゾルゲ事件」が中公新書の一冊として刊行され、いわば「入門書」の役割を果たしてきた。しかし、尾崎秀樹の本は、「肉親の情」と感じられるところが多く、しかも、そのストーリーは、当時の特別高等警察の調書と戦後の「ウィロビー報告」を基調とするものである。
「覆された神話」という副題を持つ本書は、伊藤律の帰国とソビエト崩壊後の資料流失を踏まえた「ゾルゲ事件」研究の現在を伝えようとする。
本書に於いて、新たな観点として提起されていることは以下の三点である。
1 「川合貞吉」は、戦後、「ウィロビーのスパイ」であったこと
「オットーと呼ばれた日本人」(劇団民芸)のモデルであり、献身的コミュニストを演じてきた川合は、戦前の上海における「ゾルゲ機関」設立の重要な証言者であった。しかし、その証言は不確実なものを含み、また、戦後は三鷹で当時共産党員だった尾崎秀樹の隣家に住んで交流を続け、尾崎には兄事されたが、その間、月1万〜2万の報酬をG2、もしくはCISから得ていた。支払われた報酬の総額は43万円という。
(当時、大学卒の初任給は3千円程度。これについては渡部富哉氏のブログ「ちきゅう座」に詳しい。渡部氏は元共産党員で伊藤律の遺言執行者。現代史研究者として「白鳥事件」の真相などをブログに掲載している)
2 宣教師「ポール・ラッシュ」が占領軍の有能な尋問官、分析官であったこと
「清里の父」「アメリカンフットボールを日本に伝えた男」などと知られるポール・ラッシュは、戦後、占領軍の有能な尋問官、情報分析官として「戦犯指定」などに辣腕をふるった。
3 新に浮かび上がった「鬼頭銀一」の存在
ゾルゲ事件の発端に「アメリカ共産党」との関係がある。最初の「日本部」の指導者が鬼頭純一であり、上海でゾルゲと尾崎を引き合わせたのは、特高調書ではスメドレーとされてきたが(尾崎等が誘導した)、鬼頭の可能性が高い。鬼頭は、1938年にパラオで謎の不審死を遂げ、直接、ゾルゲ事件との関わりは乏しい。しかし、日本の特別高等警察に、帰国日本人とアメリカ共産党との関係を注目させる切っ掛けを作っている。
「アメリカ共産党」は、中国・日本でのコミンテルンの暗躍を究明する上で、核心となるものの一つである。「鬼頭」の存在を尾崎やゾルゲが必死で隠したことは意味があったのである。
「伊藤律」のことはもういいだろう。GHQの日本共産党対策と共産党内部の対立が、伊藤律の事件との関わりをフレームアップさせた可能性が高い。
なお、著者は、現今の「特定秘密法案」には反対の立場に立ち、尾崎秀美についても「報酬のためではなく、コミンテルンと世界の共産化という信念のためにスパイになった人物」と評価する。
(確かに尾崎は当時「満鉄」の嘱託として、世間の常識を遙かに超える多額の報酬を受け取りながら、関東軍本部を爆破しようという「満鉄調査部事件」にも関わっていた疑いがある。内閣顧問として報酬も受け取り、著述家としても活躍していた。川合には時折金をせびられる立場にあったから、川合がもらうようなはした金に興味はなかっただろう。その意味で「報酬」が動機でなかったことは明らかだ。尾崎は、日本という皇室をいただく国家を破壊して、ソビエトに隷属する共産国家を作り、その指導者の一人となりたかっただけに違いない。しかし、それが、そんなに素晴らしいことだったのか。尾崎の綽名は「ミルクタンク」。女も権力も名声も人一倍好きで、そのためには手段を選ばないタイプの男だったろう)
著者の尾崎やゾルゲ、社会主義に対する評価は、読者によって異論があるだろうが、「ゾルゲ事件」研究の現在をコンパクトに伝えながら、現在進行形の研究の動向についても示唆を与えてくれる。