大変、難しい作品です。
文章は読みやすく、時折混ざるユーモアに笑いもこぼれます。が、難しい。
人に、この作品がなぜ面白いのか説明するのが難しいのです。
本書は著者の言葉によると既刊「エピローグ」と同テーマとのことです(作中にも「エピローグ」を匂わす文章も出てきます)
するとやはり、言語とそれによって形作られる宇宙がメインテーマになるのではないかと思います。
しかし私は、生まれたての評論言語「パラフィクション」を考えずにはいられませんでした。
言語が私(読者)に寄生して自己増殖を始めるのです。これはラストに言語生成プログラムによって出力された無意味な文章に
脳が全力で意味を見出そうとしたからです(ある意味、怖い読書体験でもありました)
この現象を説明するには今の評論言語では難しい。これが、内容を人に説明する難しさに通じます。
ゆえに、生まれたてでまだ定義も定まっていない「パラフィクション」をこの作品にぶつけるしか解析手段がないのです。
しかし断言します。粗筋や起承転結を読書には絶対必要だと、思っていない人ならこの作品は絶対に面白い。
逆に前者の人には絶対お勧めしません
読まれる方は自分がどのタイプなのかを見極めてから手を出したほうがよいでしょう
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プロローグ (文春文庫) Kindle版
わたしは次第に存在していく
知的で壮大にたくらみに満ちた著者初の「私小説」
小説の書き手である「わたし」は物語を書き始めるにあたり、日本語の表記の範囲を定め、登場人物となる13氏族を制定し、世界を作り出す。しかしプログラムのバグというべき異常事態が起こり……。文学と言語とプログラミング、登場人物と話者が交叉する、著者初の「私小説」にして、SFと文学の可能性に挑んだ意欲作。
解説・佐々木敦
知的で壮大にたくらみに満ちた著者初の「私小説」
小説の書き手である「わたし」は物語を書き始めるにあたり、日本語の表記の範囲を定め、登場人物となる13氏族を制定し、世界を作り出す。しかしプログラムのバグというべき異常事態が起こり……。文学と言語とプログラミング、登場人物と話者が交叉する、著者初の「私小説」にして、SFと文学の可能性に挑んだ意欲作。
解説・佐々木敦
- 言語日本語
- 出版社文藝春秋
- 発売日2018/2/9
- ファイルサイズ6318 KB
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登録情報
- ASIN : B079HQQ5B7
- 出版社 : 文藝春秋 (2018/2/9)
- 発売日 : 2018/2/9
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 6318 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効にされていません
- Word Wise : 有効にされていません
- 付箋メモ : Kindle Scribeで
- 本の長さ : 339ページ
- Amazon 売れ筋ランキング: - 245,827位Kindleストア (Kindleストアの売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2016年1月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2016年3月19日に日本でレビュー済み
「何のための、余分な回転軸だと思うのかね。重なり合ったお話を、それぞれ好きな角度で重ねて眺めればそれでいいんだ」(320ページより)
いやはや難しい小説だ。そもそも小説なのか、それさえわからない。
物語を創ろうとする「なにか」――それは作者かもしれないし、円城塔かもしれないし、プログラムかもしれないし、作中登場人物かもしれない――はさまざま工程を経て、創作に挑む。
言語をインプットしたり古今和歌集をダウンロードしたり「河南」をつくってみたり文節を区切ってみたりワードで試みたりテキストドキュメント「01-01.txt」「01-02.txt」と作ってみたり。これらとっちらかった「物語へのアプローチ」はところどころに隙間を残し……「誰か」が関与できる隙間を残し、そして文章はこれら自己のアプリケーションに「検閲」されながら、絶えず自己参照を繰り返し、自己を見つめ、各々が自分について語ろうとしている。その点からすれば間違いなく「私小説」だと思う。
この「プロローグ」を読み進めるということは、物語の材料とその取扱説明書、更には膨大な注釈を渡されるということに近い。呆然とする人がいてもおかしくないし、楽しめない人がいてもおかしくない。
個人的に読んだ中で興味深いエピソードは三つ。
「入力と出力(114ページ)」と「中間言語について(157ページ)」「星川の感覚(311ページ)」のくだりである。
前者二つはこの小説を能動的に楽しもうとする上で、かなり重要なことが書いてあると思う。遠い未来にでも「中間言語」の考えを採用したサウンドノベル・ゲームが出来てくれれば、すごい嬉しい。最後の感覚はまさしく「してやられた!」といったヤツだ。この手応えは破滅願望のあるPCがコンピュータ・ウィルスに感染した時の感情に似ているかもしれない。
本来文字ではなく図形か数式で表現すべきものを何の因果か文字で現したらこんな風になってしまった……言い換えると、出尽くしたはずの小説のジャンルに新たなものが加えられようとしているのだろう。読み手にも相応の努力、ないし適性が求められてもむべなるかな、とそのように捉えた方がよいと思う。
いやはや難しい小説だ。そもそも小説なのか、それさえわからない。
物語を創ろうとする「なにか」――それは作者かもしれないし、円城塔かもしれないし、プログラムかもしれないし、作中登場人物かもしれない――はさまざま工程を経て、創作に挑む。
言語をインプットしたり古今和歌集をダウンロードしたり「河南」をつくってみたり文節を区切ってみたりワードで試みたりテキストドキュメント「01-01.txt」「01-02.txt」と作ってみたり。これらとっちらかった「物語へのアプローチ」はところどころに隙間を残し……「誰か」が関与できる隙間を残し、そして文章はこれら自己のアプリケーションに「検閲」されながら、絶えず自己参照を繰り返し、自己を見つめ、各々が自分について語ろうとしている。その点からすれば間違いなく「私小説」だと思う。
この「プロローグ」を読み進めるということは、物語の材料とその取扱説明書、更には膨大な注釈を渡されるということに近い。呆然とする人がいてもおかしくないし、楽しめない人がいてもおかしくない。
個人的に読んだ中で興味深いエピソードは三つ。
「入力と出力(114ページ)」と「中間言語について(157ページ)」「星川の感覚(311ページ)」のくだりである。
前者二つはこの小説を能動的に楽しもうとする上で、かなり重要なことが書いてあると思う。遠い未来にでも「中間言語」の考えを採用したサウンドノベル・ゲームが出来てくれれば、すごい嬉しい。最後の感覚はまさしく「してやられた!」といったヤツだ。この手応えは破滅願望のあるPCがコンピュータ・ウィルスに感染した時の感情に似ているかもしれない。
本来文字ではなく図形か数式で表現すべきものを何の因果か文字で現したらこんな風になってしまった……言い換えると、出尽くしたはずの小説のジャンルに新たなものが加えられようとしているのだろう。読み手にも相応の努力、ないし適性が求められてもむべなるかな、とそのように捉えた方がよいと思う。
2016年2月8日に日本でレビュー済み
本作は「『物語』を主人公とした<私小説>」という稀有な作品である。この『物語』を<小説自動生成プログラム>で置き換えても良いし、(「エピローグ」中にも登場する)<イザナミ・システム>が生成した<エージェント>で置き換えても良い。作者の興味(目的)は、「果たして人間と機械(AI)との間に"差"は存在するのか」という点に絞られている。
作者のこの執筆姿勢は、金子邦彦氏(作者は金子先生の研究室に在籍していた)「カオスの紡ぐ夢の中で」中で、<円城塔>という名前の<小説自動生成プログラム>が登場した事を知っていると良く理解出来ると思う。実際、作者は前々作「シャッフル航法」の中でそれを実践した(金子先生曰く、「複雑系の研究に一番適している題材は小説だ」)。即ち、紛らわしいのだが、本物の作家になった作者は、研究室時代の<円城塔>にひたすら近づこうとしているのだ(勿論、上述の目的を自身で確かめるためである)。本作中に、「小説を書くためには、書籍を読む事が必要」という言辞が出て来る。それ故に、「シャッフル航法」よりも洗練された小説を"自動生成"するためには、まず既存の書籍及び日本語の特性を分析する事が必要という訳で、その方法論を徹底的に(スクリプト言語を含む)プログラミング言語理論で追及しているのだと思う(作者は実際にRuby等を用いて分析プログラムを作成している)。また、<私小説>だけあって、現代の世相に関する作者の様々な生の呟きを楽しく味わえるし、全編が<創世記>風になっている点も興味深い。なお、本作は月1回のペ-スである文芸雑誌に1年間掲載された由で、この間、作者は本作、「シャッフル航法」及び「エピローグ」を同時執筆していたという事になる。実際、この間に執筆した短編「φ」を「シャッフル航法」に入れたという記述がある。そして、本作と「エピローグ」を繋ぐ鍵は、上述の<イザナミ・システム>とクラビト(椋人)である。
私はソフトウェア開発を生業としていたので、さほどの抵抗感は無かったが、そうでない方にとっては流石に敷居が高過ぎる感は否めない。それでも、現代にあって、読者を"選ぶ"稀有な理系作家である作者を私は愛好しており、今後もその本領を発揮した作品の発表を期待したい。
作者のこの執筆姿勢は、金子邦彦氏(作者は金子先生の研究室に在籍していた)「カオスの紡ぐ夢の中で」中で、<円城塔>という名前の<小説自動生成プログラム>が登場した事を知っていると良く理解出来ると思う。実際、作者は前々作「シャッフル航法」の中でそれを実践した(金子先生曰く、「複雑系の研究に一番適している題材は小説だ」)。即ち、紛らわしいのだが、本物の作家になった作者は、研究室時代の<円城塔>にひたすら近づこうとしているのだ(勿論、上述の目的を自身で確かめるためである)。本作中に、「小説を書くためには、書籍を読む事が必要」という言辞が出て来る。それ故に、「シャッフル航法」よりも洗練された小説を"自動生成"するためには、まず既存の書籍及び日本語の特性を分析する事が必要という訳で、その方法論を徹底的に(スクリプト言語を含む)プログラミング言語理論で追及しているのだと思う(作者は実際にRuby等を用いて分析プログラムを作成している)。また、<私小説>だけあって、現代の世相に関する作者の様々な生の呟きを楽しく味わえるし、全編が<創世記>風になっている点も興味深い。なお、本作は月1回のペ-スである文芸雑誌に1年間掲載された由で、この間、作者は本作、「シャッフル航法」及び「エピローグ」を同時執筆していたという事になる。実際、この間に執筆した短編「φ」を「シャッフル航法」に入れたという記述がある。そして、本作と「エピローグ」を繋ぐ鍵は、上述の<イザナミ・システム>とクラビト(椋人)である。
私はソフトウェア開発を生業としていたので、さほどの抵抗感は無かったが、そうでない方にとっては流石に敷居が高過ぎる感は否めない。それでも、現代にあって、読者を"選ぶ"稀有な理系作家である作者を私は愛好しており、今後もその本領を発揮した作品の発表を期待したい。