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談志最後の落語論 (ちくま文庫) 文庫 – 2018/10/11
立川 談志
(著)
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伝説の『現代落語論』から五十数年、亡くなる直前まで「落語」と格闘し続けた談志が最後に書き下した落語・落語家論の集大成。 解説 サンキュータツオ
- 本の長さ256ページ
- 言語日本語
- 出版社筑摩書房
- 発売日2018/10/11
- 寸法10.6 x 1.4 x 14.9 cm
- ISBN-104480435441
- ISBN-13978-4480435446
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商品の説明
著者について
1936年東京生まれ。落語家。52年、5代目柳家小さんに入門、63年、真打に昇進「立川談志」を襲名。71年、参議院議員当選。83年、落語協会を脱会し、落語立川流を創設。抜群の古典落語の芸と個性的な時事論、鋭い落語論、芸人論で熱狂的ファンが多く、ビートたけし、爆笑問題、故中村勘三郎、甲本ヒロトなど他ジャンルの支持者も多い。2011年没。著書に『現代落語論』(三一書房)、『新釈落語噺』(中央公論新社)、『談志楽屋噺』(文春文庫)、『談志百選』『立川談志遺言大全集』全14巻(講談社)、『談志の落語』全9巻(静山社文庫)など多数。
登録情報
- 出版社 : 筑摩書房 (2018/10/11)
- 発売日 : 2018/10/11
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 256ページ
- ISBN-10 : 4480435441
- ISBN-13 : 978-4480435446
- 寸法 : 10.6 x 1.4 x 14.9 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 238,334位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,008位ちくま文庫
- - 1,399位ステージ・ダンス (本)
- - 35,940位趣味・実用
- カスタマーレビュー:
著者について
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2024年2月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
とても面白く読ませていただきましたありがとうございました。
2021年5月30日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「不謹慎な笑い」「人の死」、
「言いたくても言えないこと」「言ってはいけないこと」を落語リアリズムで代弁する、
「感情の奥にある感情の表現」を肯定(業、非常識)など、
談志さんが体感してきた落語の歴史と本質を、
談志さんの日常のことばを通じて本書から観照することができる。
200年以上の伝統=時間の歴史(江戸の風、におい)と共に、
感情の奥の感情(狂気>自我>非常識)といった言葉で表すことができないような表現を、
肯定し代弁してきた落語の本質は、その寛容性、自由性の中に存在する。
落語は江戸の生活感、歴史、目には見えない日常が詰まった芸である。
スポーツ、芸術のようにせいぜい何かを残すこと(自己満足)と、
人生50~90年として、その間の退屈しのぎとして、
「そこには何が潜んでいるのか」「好奇心、業を掻き立て続けるもの何か」と、
世俗(市場原理主義)を振り払い内面を内省し、それを表現化することは、
生きた歴史の日常の業、粋、了見からの情緒を知るきっかけとなる。
落語や歴史の芸能が、
言葉の変化と共に、風化され忘れ去られ、
リアルなものではなくなっていく、と思うと残念で仕方ないが、
それもまた魅力であり、逆に光を放つ理由なのではないかと、
やはり人に魅力を知り感じる道に通じているのが落語、
といったところが落語に対する印象である。
-------------------------------------------------------------------
【落語いろいろ】
・「不謹慎な笑い」、ナンセンス、ウィット、ジョーク
・落語リアリズム「感情の奥にある感情の表現」⇒肯定(業、非常識)
・落語のテーマ=人の死の笑い(悲しみも含まれている)
・艶笑噺、タブー噺、非常識噺、滑稽噺、グロテスク噺
・自我語(何ともいえない落語フレーズ「ここ」がたまらない)
・狂気>自我>非常識
→気が狂っているのではないか
→普段出てくると困るから抑えて暮らしている
・反社会を描く芸能
・落語=常識の押さえつけられていたもの片っ端から出てくる
・狂気の連続、進歩、発見(デフォルメされた芸)
・江戸っ子の「粋」「了見」「美学」「品」「風」「におい」
・ニュアンス、シチュエーション、言葉、情景
・美談のうさん臭さを見抜いている
【歴史】
・寄席(明治~昭和)=道楽稼業
・人間が作った狭い常識
→無理な常識を守ろうとする人間
(自我が抑え込まれている)
(常識に刷り込まれていく)
(周囲に作られる)
→まともな稼業で暮らせない人間が集まる
→村八分ルール
→アウトロー(同類)
・自我の発散
-------------------------------------------------------------------
1章 落語、この素晴らしきもの
2章 「自我」「非常識」をも凌駕する
3章 ”それ”を落語家が捨てるのか
4章 そして、三語楼のたどりつく
5章 芸は、客の為に演るものなのか
「言いたくても言えないこと」「言ってはいけないこと」を落語リアリズムで代弁する、
「感情の奥にある感情の表現」を肯定(業、非常識)など、
談志さんが体感してきた落語の歴史と本質を、
談志さんの日常のことばを通じて本書から観照することができる。
200年以上の伝統=時間の歴史(江戸の風、におい)と共に、
感情の奥の感情(狂気>自我>非常識)といった言葉で表すことができないような表現を、
肯定し代弁してきた落語の本質は、その寛容性、自由性の中に存在する。
落語は江戸の生活感、歴史、目には見えない日常が詰まった芸である。
スポーツ、芸術のようにせいぜい何かを残すこと(自己満足)と、
人生50~90年として、その間の退屈しのぎとして、
「そこには何が潜んでいるのか」「好奇心、業を掻き立て続けるもの何か」と、
世俗(市場原理主義)を振り払い内面を内省し、それを表現化することは、
生きた歴史の日常の業、粋、了見からの情緒を知るきっかけとなる。
落語や歴史の芸能が、
言葉の変化と共に、風化され忘れ去られ、
リアルなものではなくなっていく、と思うと残念で仕方ないが、
それもまた魅力であり、逆に光を放つ理由なのではないかと、
やはり人に魅力を知り感じる道に通じているのが落語、
といったところが落語に対する印象である。
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【落語いろいろ】
・「不謹慎な笑い」、ナンセンス、ウィット、ジョーク
・落語リアリズム「感情の奥にある感情の表現」⇒肯定(業、非常識)
・落語のテーマ=人の死の笑い(悲しみも含まれている)
・艶笑噺、タブー噺、非常識噺、滑稽噺、グロテスク噺
・自我語(何ともいえない落語フレーズ「ここ」がたまらない)
・狂気>自我>非常識
→気が狂っているのではないか
→普段出てくると困るから抑えて暮らしている
・反社会を描く芸能
・落語=常識の押さえつけられていたもの片っ端から出てくる
・狂気の連続、進歩、発見(デフォルメされた芸)
・江戸っ子の「粋」「了見」「美学」「品」「風」「におい」
・ニュアンス、シチュエーション、言葉、情景
・美談のうさん臭さを見抜いている
【歴史】
・寄席(明治~昭和)=道楽稼業
・人間が作った狭い常識
→無理な常識を守ろうとする人間
(自我が抑え込まれている)
(常識に刷り込まれていく)
(周囲に作られる)
→まともな稼業で暮らせない人間が集まる
→村八分ルール
→アウトロー(同類)
・自我の発散
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1章 落語、この素晴らしきもの
2章 「自我」「非常識」をも凌駕する
3章 ”それ”を落語家が捨てるのか
4章 そして、三語楼のたどりつく
5章 芸は、客の為に演るものなのか
2009年12月21日に日本でレビュー済み
談志も歳取ったね。彼は才能ある男だけど、若い時に才能が開花して以後、進歩してないな。「現代落語論」、素晴らしい本だけど、以後これと並ぶ本はあっても、これを抜くような作品はないし。円生と志ん朝を褒めていたことには同感だけど、文楽と小さんの落語が、どこが上手いのかわからないとあったことには不自然さがあるね。若い頃、生意気ということで彼らに、さんざん言われたんだろうなあ。嫌いと下手は違うんだがなあ。訂正不能だろう。最後の落語論なのに、器の小ささは変わってないということか。そこが残念。越えて欲しかったね。
2009年12月23日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
周囲の「常識的」な批判、「一般的」な酷評、
だれでも言えるような無難な名人論・芸論を歯牙にもかけず、
オリジナルの落語論を展開してきた談志。
その向こうには、人生のすべてを落語にかける芸人としての談志がいる。
彼をそこまで虜にした落語とは何なのか。
本書を読んでやっとわかった気がする。
名作とされる「現代落語論」は、
「常識」「一般」の域にとどまり、それほど深くないと思った。
第二弾の「あなたも落語家になれる」は、
「落語とは、人間の業の肯定である」という名定義を残したものの、
物足りなかった。
年を重ね、より深くなった落語論が読めてよかった。
人間の本質、人間社会の業をえぐる本書は、名作である。
だれでも言えるような無難な名人論・芸論を歯牙にもかけず、
オリジナルの落語論を展開してきた談志。
その向こうには、人生のすべてを落語にかける芸人としての談志がいる。
彼をそこまで虜にした落語とは何なのか。
本書を読んでやっとわかった気がする。
名作とされる「現代落語論」は、
「常識」「一般」の域にとどまり、それほど深くないと思った。
第二弾の「あなたも落語家になれる」は、
「落語とは、人間の業の肯定である」という名定義を残したものの、
物足りなかった。
年を重ね、より深くなった落語論が読めてよかった。
人間の本質、人間社会の業をえぐる本書は、名作である。
2010年2月13日に日本でレビュー済み
ボヤきと言いながら、論じている 野村監督を見習って欲しいです。
2014年11月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
こういう哲学的な個人の理念エッセイ本は、書き手が好きか嫌いかの問題。私の様な談志師匠フェチにはずっと本棚に置いて置きたい作品。
2011年12月3日に日本でレビュー済み
故・立川談志さんの考える「落語とは何か」を論じたおそらく最後の本です。
これまでの談志さんの著作は読んだことがありませんので、
他のレビュアーの方が指摘する「過去の著作の焼き直し」という批判はできません。
談志さん曰く、落語とは人生における諸々のやりとりの結晶、です。
そしてそれは人間の業の肯定、非常識の肯定なのだといいます。
落語とはなべて、人間が生まれたときから身につけさせられる「常識」に対する「非常識」なのであり、
落語家は高座という場所でその「非常識」を語り、客はそれを聞きたくてわざわざ足を運ぶと。
さらに深めれば、「自我」という人間の奥底のある何ともまとまらない部分を出し、
行き着けば、談志さんがしばしば口にする「イリュージョン」へと昇華する。
こうした落語論を、談志さんは本の中で何度も何度も繰り返します。それこそ狂気のように。
語りの中には落語とはなにかを示すために歴々たる落語家が登場しますが、ここでは割愛します。
最後の章「芸は、客のために演るものなのか」は、談志さんなりの遺言のようにも読めました。
談志さんが本当に優れた落語家だったのかは評価が分かれるのかもしれませんが、
落語に命を賭したことが、亡くなられた今になって皮肉にも強烈に伝わってきます。
これまでの談志さんの著作は読んだことがありませんので、
他のレビュアーの方が指摘する「過去の著作の焼き直し」という批判はできません。
談志さん曰く、落語とは人生における諸々のやりとりの結晶、です。
そしてそれは人間の業の肯定、非常識の肯定なのだといいます。
落語とはなべて、人間が生まれたときから身につけさせられる「常識」に対する「非常識」なのであり、
落語家は高座という場所でその「非常識」を語り、客はそれを聞きたくてわざわざ足を運ぶと。
さらに深めれば、「自我」という人間の奥底のある何ともまとまらない部分を出し、
行き着けば、談志さんがしばしば口にする「イリュージョン」へと昇華する。
こうした落語論を、談志さんは本の中で何度も何度も繰り返します。それこそ狂気のように。
語りの中には落語とはなにかを示すために歴々たる落語家が登場しますが、ここでは割愛します。
最後の章「芸は、客のために演るものなのか」は、談志さんなりの遺言のようにも読めました。
談志さんが本当に優れた落語家だったのかは評価が分かれるのかもしれませんが、
落語に命を賭したことが、亡くなられた今になって皮肉にも強烈に伝わってきます。
2019年9月6日に日本でレビュー済み
『談志 最後の落語論』(立川談志著、ちくま文庫)では、「業」、「非常識」、「イリュージョン」、「狂気」、「上手い」といった言葉が飛び交うが、立川談志が一番言いたかったのは、こういうことだと思います。
「歌舞伎の勘三郎にしても、その他の演劇にしても、西洋の真似ばかりだ。ピカソが天才と言っても、広重の富士には敵わない。伝統とは、そういうものなのだ。落語の素晴らしさ、江戸っ子の了見、伝統を大切にする行為は、それら(西洋の真似ごと)とは対極にあるものだ。熊公がいて、八公がいて、ご隠居がいて、若旦那がいて、そして大工場(だいくば)にある木っ屑、そういうものを含めた江戸の『風』や『匂い』、それらを大事にしない限り落語は崩壊するのに、いまの噺家は誰ァれも判っちゃいない。いくら談志が言っても伝わらない。私が若い頃は、伝統を大事にする落語家がいて、席亭がいて、客がいた。大事にするだけではなく、伝えていた。けど現在(いま)は、言わなくなった。誰も何も言わない。楽屋に入ってきて、高座に上がってお笑いを申し上げて下がってきて帰るだけだ」。
談志は、江戸の「風」や「匂い」を大事にする語り手を「落語家」、「高座に上がってお笑いを申し上げて下がってきて帰るだけ」の語り手を「噺家」と、皮肉を込めて使い分けています。
「志の輔、談春、志らくを呼べ。師匠として、言っておきたいことがある」。
「もう、それは俺の出番ではない。志の輔がやれ、談春がやれ、志らくがやれ。ずばっといえば、俺と人生を過ごした奴だけが落語を覚えたのだ。『談志』という存在を含めて」。
それにしても、名人と言われた歴代の落語家を差し置いて、ナンセンス落語の柳家三語楼、柳家権太楼、柳家金語楼を、談志が高く評価していることに驚かされました。
「歌舞伎の勘三郎にしても、その他の演劇にしても、西洋の真似ばかりだ。ピカソが天才と言っても、広重の富士には敵わない。伝統とは、そういうものなのだ。落語の素晴らしさ、江戸っ子の了見、伝統を大切にする行為は、それら(西洋の真似ごと)とは対極にあるものだ。熊公がいて、八公がいて、ご隠居がいて、若旦那がいて、そして大工場(だいくば)にある木っ屑、そういうものを含めた江戸の『風』や『匂い』、それらを大事にしない限り落語は崩壊するのに、いまの噺家は誰ァれも判っちゃいない。いくら談志が言っても伝わらない。私が若い頃は、伝統を大事にする落語家がいて、席亭がいて、客がいた。大事にするだけではなく、伝えていた。けど現在(いま)は、言わなくなった。誰も何も言わない。楽屋に入ってきて、高座に上がってお笑いを申し上げて下がってきて帰るだけだ」。
談志は、江戸の「風」や「匂い」を大事にする語り手を「落語家」、「高座に上がってお笑いを申し上げて下がってきて帰るだけ」の語り手を「噺家」と、皮肉を込めて使い分けています。
「志の輔、談春、志らくを呼べ。師匠として、言っておきたいことがある」。
「もう、それは俺の出番ではない。志の輔がやれ、談春がやれ、志らくがやれ。ずばっといえば、俺と人生を過ごした奴だけが落語を覚えたのだ。『談志』という存在を含めて」。
それにしても、名人と言われた歴代の落語家を差し置いて、ナンセンス落語の柳家三語楼、柳家権太楼、柳家金語楼を、談志が高く評価していることに驚かされました。