「最悪のシナリオ」に対して、我々はどの程度まで、どのように費用を投じて対策すべきなのか。
本書は、この難問に正面から取り組んでいる。
決して結論が出るわけではないが、考えるヒントは非常に多く、好著である。
本書ではまずテロと気候変動という、二つの「最悪のシナリオへの備え」のアメリカの状況を解説する。
テロは9・11以前は軽視されるリスクだったが、9・11以降は一転して多量の費用が投入され、ともすれば戦争を正当化する口実に使われるぐらいにまで広く認知された。
一方、気候変動へはアメリカは大した対策を取ろうとしていない。
同じ環境問題でもオゾン層破壊は好対照をなしており、ヨーロッパが消極的な中アメリカは率先して対策を行い、非常に大きな成果を上げた。
これは費用対効果の点でかなり説明ができる話で、オゾン層破壊は自国レベルでも地球レベルでも被害を防ぐために対策に費用を投じるのが妥当なのに対し、気候変動は地球全体で見てもあまりわりはよくなく、まして一国レベルでは全く釣り合わない。
こうしたイントロの後に、単純な期待値計算でよいのか、そもそもリスクが算定できない場合はどうするのか、人命を単純計算に載せていいのか、取り返しのつかない事態や将来に強い影響の及ぶ事態等をどう考えるのか、などが論じられていく。
「最悪の事態」のために過剰な投資をすることは、本来使えるはずの費用がリスク対策に回されるわけであり、現在の人々の生活にむしろダメージを与える、特に貧しい人々に大きな弊害が及ぶ面が強いという指摘はなるほどと思った。
確かに、明日の食事もあるか分からないような人々にとって、気候変動やテロなどの「巨大リスクへの対策」というのはほとんどどうでもいいものであり、そうした巨大リスクを心配できるのは生活が盤石な豊かな人々だというのはその通りであろう。
しかし、かといって単純に費用便益比較でよいとは筆者は言わない。
例えば絶滅のように一度起きると取り返しのつかない事態に対しては、重みを変えて考える必要を指摘する。
また、権利の問題と絡む場合は、費用便益と無関係に義務は生じる(排水を川に流すことが費用便益的には理にかなっていても、住民の健康を侵害していいわけがない)。
ちなみに本書ではあまり書かれていないが、気候変動がテロやオゾン層破壊と違うのは、テロやオゾン層破壊はそれが生じたら誰にとっても絶対にプラスにはならないのに対し、気候変動は影響がどう及ぶかさえよくわからないという点が挙げられるだろう。
例えばロシア等の地域では温暖化で凍死者が減るというよい影響は出うるだろうし、温暖化が進むと大西洋のハリケーンがむしろ減るという論文さえ存在する[・・・]
影響が必ずマイナスでその大きさだけが問題ならまだ対策する気になっても、マイナスかプラスかさえ(少なくとも地域レベルでは)バラけるならば、意見収斂はさらに困難になるであろう。
3・11以降、リスクについてはさまざまな言説が出ているが、リスク評価としてそもそもどうすべきかを基礎から考えた本として、本書はそうした議論の土台となりうるであろう。
リスクに関心があるなら必読の一冊。
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最悪のシナリオ―― 巨大リスクにどこまで備えるのか 単行本 – 2012/8/25
壊滅的で取り返しのつかない大惨事にどう対峙すべきか。リスク認知の心理学をふ
まえつつ、予防原則と費用便益分析を緩やかに両立させた法学/経済学の成果。
本書の目標は3つ。まず、最悪のシナリオに対して人間の心理はどのように振る舞
いがちなのかを分析する。特に過剰反応と完全な無視という極端に振れる心理傾向
がリスクへの対処にどのように影響するのかを論じる。第2に、個人と政府は最悪の
シナリオについてどうしたらより賢明に考えられるかを、予防原則を精緻化しながら
検討する。第3に巨大リスクにおける費用便益分析の可能性と限界を追求する。
大惨事のリスクを社会がどのように直視すべきかについて多様な論点を提示してく
れる、法学と経済学の成果。粘り強い考察。
『最悪のシナリオ』は、社会が直面する最も難しい問題をあつかった優れた成果だ。
本書はこのような問題には簡単な解決策が存在しないことを明らかにしている。社
会的な意思決定の担い手が本書の洞察を十分に理解すれば、社会は正しく対応で
きるだろう。
M. H. ベイザーマン(ハーバード・ビジネススクール教授、『予測できた危機をなぜ防
げなかったのか?』著者
まえつつ、予防原則と費用便益分析を緩やかに両立させた法学/経済学の成果。
本書の目標は3つ。まず、最悪のシナリオに対して人間の心理はどのように振る舞
いがちなのかを分析する。特に過剰反応と完全な無視という極端に振れる心理傾向
がリスクへの対処にどのように影響するのかを論じる。第2に、個人と政府は最悪の
シナリオについてどうしたらより賢明に考えられるかを、予防原則を精緻化しながら
検討する。第3に巨大リスクにおける費用便益分析の可能性と限界を追求する。
大惨事のリスクを社会がどのように直視すべきかについて多様な論点を提示してく
れる、法学と経済学の成果。粘り強い考察。
『最悪のシナリオ』は、社会が直面する最も難しい問題をあつかった優れた成果だ。
本書はこのような問題には簡単な解決策が存在しないことを明らかにしている。社
会的な意思決定の担い手が本書の洞察を十分に理解すれば、社会は正しく対応で
きるだろう。
M. H. ベイザーマン(ハーバード・ビジネススクール教授、『予測できた危機をなぜ防
げなかったのか?』著者
- 本の長さ360ページ
- 言語日本語
- 出版社みすず書房
- 発売日2012/8/25
- ISBN-104622076993
- ISBN-13978-4622076995
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商品の説明
著者について
キャス・サンスティーン(Cass R. Sunstein)
1954年生まれ。法学者。専門は憲法、行政法、環境法。27年にわたりシカゴ大学
ロー・スクールで教鞭を執り、ハーバード・ロー・スクール(休職中)を経て、現在は
米国大統領府の行政管理予算局下に置かれる情報・規制問題局長を務めている。
法学と行動経済学にまたがる領域から、リスク評価、予防原則、費用便益分析まで、
多数の著作で示されている関心の幅は広い。邦訳『インターネットは民主主義の敵
か』(毎日新聞社、2003)『実践 行動経済学 健康、富、幸福への聡明な選択』(リ
チャード・セイラーとの共著、日経BP社、2009)。
田沢恭子(たざわ・きょうこ)翻訳家。
齊藤誠(さいとう・まこと)
1960年生まれ。京都大学経済学部卒。マサチューセッツ工科大学経済学部博士課
程修了(Ph. D)。住友信託銀行調査部、ブリティッシュ・コロンビア大学経済学部助
教授などを経て、現在、一橋大学大学院経済学研究科教授。2007年に日本経済学
会・石川賞、2010年に全国銀行学術研究振興財団賞を受賞。著書『資産価格とマ
クロ経済』(日本経済新聞出版社、2007、毎日新聞社エコノミスト賞)『競争の作法』
(ちくま新書、2010)『原発危機の経済学』(日本評論社、2011、石橋湛山賞)ほか。
1954年生まれ。法学者。専門は憲法、行政法、環境法。27年にわたりシカゴ大学
ロー・スクールで教鞭を執り、ハーバード・ロー・スクール(休職中)を経て、現在は
米国大統領府の行政管理予算局下に置かれる情報・規制問題局長を務めている。
法学と行動経済学にまたがる領域から、リスク評価、予防原則、費用便益分析まで、
多数の著作で示されている関心の幅は広い。邦訳『インターネットは民主主義の敵
か』(毎日新聞社、2003)『実践 行動経済学 健康、富、幸福への聡明な選択』(リ
チャード・セイラーとの共著、日経BP社、2009)。
田沢恭子(たざわ・きょうこ)翻訳家。
齊藤誠(さいとう・まこと)
1960年生まれ。京都大学経済学部卒。マサチューセッツ工科大学経済学部博士課
程修了(Ph. D)。住友信託銀行調査部、ブリティッシュ・コロンビア大学経済学部助
教授などを経て、現在、一橋大学大学院経済学研究科教授。2007年に日本経済学
会・石川賞、2010年に全国銀行学術研究振興財団賞を受賞。著書『資産価格とマ
クロ経済』(日本経済新聞出版社、2007、毎日新聞社エコノミスト賞)『競争の作法』
(ちくま新書、2010)『原発危機の経済学』(日本評論社、2011、石橋湛山賞)ほか。
登録情報
- 出版社 : みすず書房 (2012/8/25)
- 発売日 : 2012/8/25
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 360ページ
- ISBN-10 : 4622076993
- ISBN-13 : 978-4622076995
- Amazon 売れ筋ランキング: - 895,311位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 82,187位ビジネス・経済 (本)
- - 108,093位社会・政治 (本)
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2012年10月20日に日本でレビュー済み
副題は、「巨大リスクにどう備えるのか」。
本書は、2007年にアメリカで出版された本で、テロと気候変動を例えに、アメリカがこの2つのリスクに対して全く異なる反応を示したのはなぜか、と我々に問いかける。
一貫して、気候変動リスクに対する経済学的アプローチを題材に、巨大リスクへの備えを検証している。
もちろんこの時期に、このようなテーマの本が日本で出版されたのには大きな意味がある。
本書では、巨大リスクをめぐる2つの考え方を提示し、詳細な検証を試みている。
一方は、予防原則と呼ばれるもの。
すなわち、「人の健康や環境に損害を与える脅威を生み出す行為がなされる場合、すべての因果関係が科学的に証明されていなくても予防措置をとるべきである。」という気候変動に関するウィングスプレッド会議の宣言に見られる。
もう一方は費用便益分析と呼ばれる考え方である。
これは、「たまたま、社会的に注目された特定のリスクに対して、費用対効果を度外視して過剰な政策対応を展開すれば、莫大な資金を無駄にするばかりか、その反作用で他のリスクからしっぺ返しをくらいかねない。」というような考え方である。
著者は、巨大リスクへの対応としては、検証のための材料やプロセスを提示しているのみで、答えは用意していない。
ただし、このように述べている。
「ある方針をとった場合のシナリオが、別の方針の場合よりも著しく有害な場合、そしてその著しく有害なシナリオを排除することによって莫大または極端に重大な損失や負担が生じない場合には、マキシミン原則に従うべきということだ。」
本書は、2007年にアメリカで出版された本で、テロと気候変動を例えに、アメリカがこの2つのリスクに対して全く異なる反応を示したのはなぜか、と我々に問いかける。
一貫して、気候変動リスクに対する経済学的アプローチを題材に、巨大リスクへの備えを検証している。
もちろんこの時期に、このようなテーマの本が日本で出版されたのには大きな意味がある。
本書では、巨大リスクをめぐる2つの考え方を提示し、詳細な検証を試みている。
一方は、予防原則と呼ばれるもの。
すなわち、「人の健康や環境に損害を与える脅威を生み出す行為がなされる場合、すべての因果関係が科学的に証明されていなくても予防措置をとるべきである。」という気候変動に関するウィングスプレッド会議の宣言に見られる。
もう一方は費用便益分析と呼ばれる考え方である。
これは、「たまたま、社会的に注目された特定のリスクに対して、費用対効果を度外視して過剰な政策対応を展開すれば、莫大な資金を無駄にするばかりか、その反作用で他のリスクからしっぺ返しをくらいかねない。」というような考え方である。
著者は、巨大リスクへの対応としては、検証のための材料やプロセスを提示しているのみで、答えは用意していない。
ただし、このように述べている。
「ある方針をとった場合のシナリオが、別の方針の場合よりも著しく有害な場合、そしてその著しく有害なシナリオを排除することによって莫大または極端に重大な損失や負担が生じない場合には、マキシミン原則に従うべきということだ。」