この作品は、人生に失敗した老人が転生して人生をやり直す物語である。
人生に対する深い叡智に溢れ、私はその叡智を身に付けようと、何度も読み返している。
その叡智を喩えるなら、人生を道だとして、その道のゴール手前で落ちている黄金色に輝くダイヤモンドだ。
人生に失敗したーーー人生という道の最後で転んだ者にしか見つけることの出来ない、素晴らしい宝物。
人生で失敗したくない人に、強くお薦めする。
さて、数々の宝物のような知性に溢れ、誠実で心が美しい物語であるが、もちろん不満もある。
それは老獪な知性により、若い愚かさが捩じ伏せられているところだ。
週刊少年ジャンプでは、連載できない物語である。
愚かさは人生の道を踏み出す一歩。自分の右足である。
賢さという左足だけで、人生は歩めないのだ。
人格が円熟する過程のそれぞれの段階において、最適解は違う。
若者は愚かであることが最適である。
愚かな言動によって失敗して、痛い目に遭って、初めて解るのだから。
失敗を自分以外の所為にして愚痴と悪口ばかり言って学ばない者も居るが。
人生における失敗とは、若い愚かな無知による過ちではなく、知りすぎた老人の諦めの無為である『なにもしなかった』なのだから。
こと、人生においては無知ではなく、知っていることによって、道に迷う。
無知ではなく、無為が失敗になる。
閑話休題。
つまりこの作品には、若さがない。
と、言いながら、愚かな若さは、この作品にはある。
ヒロインが物語の終盤、常識外れな言動を繰り返すのだ。
常識外れを悪であるとするならば、このヒロインは実に愚かであると言えるだろう。
こう書くと、ヒロインが馬鹿だと思えるのではないだろうか。
だが、このヒロインの言動を、このように書けば、どのような印象を持つだろうか。
この作品のヒロインは、自分を変えることによって、世界を変えた。
自分をまったく変えずに周囲の人間だけを変えようとしたのではない。
自分の正義や常識を社会に押し付けたのではない。
解りにくいので有り体に言おう、ヒロインは常識を打ち破ったのだ。
常識的な人間が常識を覆すことは、本当に困難なことであるが、それをただの少女が成し遂げたのである。これは凄いことだ。
常識を身に付けているのが老人だとすれば、古い因習に囚われ腐敗した常識や、それに連なる醜怪な思い込みを打ち破るのが若者ではあるまいか。
主人公が、誠実であるが精神が幼稚なのに極めて知性的な（理性的ではないが）衝動を自制できない滑稽で面白い老人であるのに対し、ヒロインは太陽のようにエネルギッシュな若者である。（注意:物語の冒頭では、ヒロインはウジウジした陰気な女である。主人公の誠実な無償の愛で成長した）
この作品の主人公とヒロインは、実に相性がいい。
主人公が、致命的に醜い自分の容姿に深い劣等感を持つヒロインに絶え間なく愛の言葉をシャワーのように注ぎ、その言葉を儚い夢ではなく、そのチートクラスの実行力で確かな現実に変えていく。
その事実にヒロインの人間としての器がメキメキと大きくなっていくところに、心が震えた。
大人のズルい恋の駆け引きなど一切なく、誠心誠意、互いに相手に尽くすところに、心が温かくなり、優しい気持ちが溢れた。
２巻までしか読んでいないが、この作品の完成度は非常に高い。
手慰みに小説を書いている私としては、嫉妬を禁じ得ない作品である。
そう、私はこの作品に嫉妬している。
悔しいので、まるで悪口を言うように、この作品に対する不満点を、もう一つ付け足したい。
主人公は男性ではない。主人公は、人である。
男の性というものが、完全に死んでいる。
枯れた老人である。
そもそもまともな神経があるなら、呪われた人間と結婚しようなどと思わない。
例えばあなたが、得体の知れない不治の病に罹った相手と結婚させられそうになったらどうしますか？
主人公の精神は異常なのだ。
そこに共感できない。
あっ、でもね。
物語のラスト（２巻の終わり）で主人公の男性が生き返る。
ヒロインがその美しさで、主人公を男にする。
主人公もヒロインも、まるで生まれ変わるように変わっていく、
誠実な無償の愛によって。
適切な表現が思い浮かばないが、強いて言うならば、
主人公とヒロインは自分のままで大きく変わっていく。
愛さえ変わらなければ、自分の構成要素などどうでもいい。
環境や状況や時、場所、人や流れに合わせていちいち自分を壊して環境に適応する形に修復すればいい。
愛があれば、大丈夫。
変われない奴は、最強も大賢者も、皆、死んでいく。
自分がすでに死んでいることにさえ気付かずに、死んでいく。
変わる。だからこそ、生きている。
つまり、死んでいない。
死を超越できるのは、愛だけだ。
そういう意味で、この作品には愛によって育まれた生命がある。
私はヒロインの、誰にも真似できない大きな勇気と、その勇気の源となった主人公の誠意ある無償の愛に脱帽し、最大の敬意を捧げる。
くやしいが、私はこの作品に完敗である。
負けたと思わなければ負けではない。
なのに、負けたと思い知らされる。その上で、
この作品に追い付きたい。そして、この作品の先に行きたい。
そう思わせる、とても魅力的な作品である。
その比類なき魅力を、この作品を読んで私の心に浮かぶ情景をへたくそな詩的表現にて喩えるならば、
桃を食べて、あまりにも美味しくて、もう一度この桃が食べたくて、桃の種を庭に植えて世話をしている
みたいな？
桃源郷に実る桃の味は、この作品と同じ味がするかも知れない。
私は桃が、大好きだ。
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