ワインに染まる。美しい題名である。そして、冒頭、ギリシャ神話に現れる「ワイン色の海」が
何に由来するのか、或るときはっと気がつくその情景を綴る文章から、ワインに染まる戸塚真弓の、
戸塚色に読者は染められてしまう。日常的なワインとの触れ合いから、ワイン評論家との語らい、
さまざまな土地を訪ねて知るワインのさまざまなありようまでが、さりげなく無駄のない、美しい
筆致で綴られている。
ロマネ・コンティやシャトーラフィットロチルドではないけれども、ジュヴレ・シャンベルタンや
コンテスラランドを飲むような本、一度開いた後には、香りや味の変化を楽しんでくり返し読める本
として、戸塚真弓の著作は、寡作ながら数年おきにこつこつ出されるのを楽しみに読んできた。今回、
ちょっぴり不安になったのは、きらいだったボージョレの再評価をはじめ、生活のひとこまでしばしば
登場しながら、今までは詳しく書かれなかった夫の職業や人物像が、あとがきで明白に記されるなど、
どうも、いささか総仕上げというか、総まとめというか、そんな印象を抱かせること。巻末に、本文に
書き切れなかったとして、飲んできたワインの思い出リストがあることも、それを増幅させる。この
リストに短く記されたコンテスラランドを、著者がいつ、どこで、どんな風に飲んだかを、名前を見た
瞬間にちゃんと思い出して「あれだ！」とわかるほど、読んできただけに、である。
戸塚さん、まだ書いてくださいますよね。戸塚さんの飲んだコンテスラランドが、最初、そんなはずが
ないほどお行儀が悪かったこと、温めて温めて、最後の一杯がやっと暖炉の前で花開いたこと、ちゃんと
覚えていますよ。どうか、まだまだ、飲んで、食べて、お元気にいらして、私たちを戸塚色に染めて
くださいますように。その願いを込めて、四つ星。
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