内容の解説については他の方が書かれると思うので、感想だけ。
あまり詳しくはないのだが、最近SNSなどを眺めていて「なろう系」と呼ばれるライトノベルの台頭に驚かされていた。「小説家になろう」という投稿サイトがブームの火付け役らしい。中学生から中高年まで、実に幅広いアマチュア作家がネットに作品を発表し、一部は書籍化されて売れてもいる。
フォーマットはほぼ決まっていて、現世で恵まれない生活を送っていた主人公が何かのきっかけで「異世界に転生」し、突然「無双」し始めるという展開をたどる。悪く言えばワンパターンであり、率直に言って当初は見下していた。
しかし「これは俳句と同じ現象なのかもしれない」と気づいた瞬間、見方が変わった。おそらく「小説を書く」という趣味がここまで裾野を広げたことはかつてなかっただろう。そう考えると、我々は文学史上、画期的なイノベーションを見ているのかもしれないのだ。
特別な才能や素養がなくても、ある種の「型」を与えられると人間は想像力を発揮し始めることがある。俳句であれば「5・7・5」というシンプルなフォーマットに乗せるだけで、子供にでも詩が書ける。しかも表現の幅に限界はない。何しろ松尾芭蕉の頃から続いているのだ。同じことはスポーツでも言えるかもしれない。ある種の「型」は自由を奪うどころか、拡張するのである。
日本の教育現場では、いわゆる「正解がない問題」について「自由」に考え、表現させることを是としてきた。学校もそうだし、家庭ではさらにその傾向が強かったように思う。
しかし、「好きなように考えろ」と突き放すことが個性や独創性を伸ばすのかと言えば、大いに疑問だ。思考するための方法論を自力で編み出せるような天才はいいだろうが、大多数を占める「普通の人」は戸惑ってしまう。だったら、学校などでは「考えるための汎用的な手順」を教えた方がいいのではないだろうか。本書によると、どうやらフランス政府はバカロレアの「哲学」という科目でそれを試みているようだ。
著者も述べるように、バカロレア方式を導入すれば人々の思考能力が向上する、というほど単純な話ではないだろう。ただ、「個性の尊重」を掲げた戦後日本の教育が見失った視点に気づくための参照点にはなりそうだ。足元では「論理国語」の導入など、学校でもこれと重なる問題意識に基づいた改革が始まっている。何から手をつければいいのか分からず戸惑っている教師が手掛かりを得る上でも良い参考書になると思う。
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バカロレアの哲学 「思考の型」で自ら考え、書く 単行本(ソフトカバー) – 2022/1/28
坂本 尚志
(著)
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フランス・バカロレア哲学試験の「思考の型」を駆使した本当に考え・書くための講義。
- 本の長さ246ページ
- 言語日本語
- 出版社日本実業出版社
- 発売日2022/1/28
- 寸法13.1 x 1.8 x 18.8 cm
- ISBN-104534059035
- ISBN-13978-4534059031
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商品の説明
出版社からのコメント
・「思考の型」を身につけて自ら考え、表現するための実践的哲学入門
・ミシェル・フーコーの博士論文をフランスで書き上げた気鋭の哲学者によるバカロレア哲学の本格的ガイド
・哲学・人文に関心の高い人はもちろん、ビジネスや組織で「考える」ことの重要性を痛感している人にお勧めの哲学書
◆フランスの高校生は哲学が必修!
フランスの大学入学資格試験のバカロレア(高等学校卒業資格、大学入学資格)試験では、文・理系を問わず哲学小論文(=ディセルタシオン)が課されます。
これは1808年、初代ナポレオンが創設して以来の伝統となっています。フランス国内でも、近年のグローバル化する世界では時代遅れとみなされる向きもあるようですが、
なぜ彼らは断固として、この制度を続けるのでしょうか? さらに、それはわれわれ日本人の役に立つのでしょうか?
◆「思考の型」とは「知=概念・言葉の定義」+「力=論述・表現」
その答えは、小論文作成の過程で学ぶ「思考の型」にあります。これは小論文の課題の範囲となる「素材」と書き方の「形式」のことをいいます。
このパターンに習熟すれば、だれでも哲学小論文は書ける、そしてそれは「ものを考える」という不可欠な人間活動の強力な武器となるということです。
ここでの素材とは、プラトン、アリストテレスといった古代から、デカルト、スピノザ、ルソー、カントといった近代、そして現代への起点となるヘーゲル以降の、
マルクス、キルケゴール、ニーチェ、ヴィトゲンシュタイン、サルトル、フーコーといった現代までの主要な哲学者とその思想、彼らが著書で展開した様々な哲学概念の意味内容、そこに登場するキーワードの定義のことをいいます。
書き方の「形式」とは哲学小論文の解法、「導入」「展開」「結論」で構成される小論文作法のことです。
本書はこの「思考の型」の「形式」、哲学小論文の解法に主眼をおいて、実際の試験の設問に即して解説する哲学ガイドなのです。
◆「思考の型」があるから自由に考え、表現できる
「労働はわれわれをより人間的にするのか?」
「技術はわれわれの自由を増大させるのか?」
「権力の行使は正義の尊重と両立可能なのか?」
バカロレアの哲学小論文ではこのような問題が出題されます。個々の人間がそれぞれに答えを考え、手にすることで初めて、議論や対話が始まり、民主主義というものが成り立つ。それがバカロレアの発想なのです。
哲学の存在意義もまた、ここにあります。バカロレアで哲学が最重視されるのは、何も哲学者の国を作りたいからではありません。
異なる価値観を持った多様な人々が集う世界において、共存していくために不可欠な対話できる人間を作るためです。この点で、わたしたちの社会や組織でも大いに参考になる発想だと思います。
・ミシェル・フーコーの博士論文をフランスで書き上げた気鋭の哲学者によるバカロレア哲学の本格的ガイド
・哲学・人文に関心の高い人はもちろん、ビジネスや組織で「考える」ことの重要性を痛感している人にお勧めの哲学書
◆フランスの高校生は哲学が必修!
フランスの大学入学資格試験のバカロレア(高等学校卒業資格、大学入学資格)試験では、文・理系を問わず哲学小論文(=ディセルタシオン)が課されます。
これは1808年、初代ナポレオンが創設して以来の伝統となっています。フランス国内でも、近年のグローバル化する世界では時代遅れとみなされる向きもあるようですが、
なぜ彼らは断固として、この制度を続けるのでしょうか? さらに、それはわれわれ日本人の役に立つのでしょうか?
◆「思考の型」とは「知=概念・言葉の定義」+「力=論述・表現」
その答えは、小論文作成の過程で学ぶ「思考の型」にあります。これは小論文の課題の範囲となる「素材」と書き方の「形式」のことをいいます。
このパターンに習熟すれば、だれでも哲学小論文は書ける、そしてそれは「ものを考える」という不可欠な人間活動の強力な武器となるということです。
ここでの素材とは、プラトン、アリストテレスといった古代から、デカルト、スピノザ、ルソー、カントといった近代、そして現代への起点となるヘーゲル以降の、
マルクス、キルケゴール、ニーチェ、ヴィトゲンシュタイン、サルトル、フーコーといった現代までの主要な哲学者とその思想、彼らが著書で展開した様々な哲学概念の意味内容、そこに登場するキーワードの定義のことをいいます。
書き方の「形式」とは哲学小論文の解法、「導入」「展開」「結論」で構成される小論文作法のことです。
本書はこの「思考の型」の「形式」、哲学小論文の解法に主眼をおいて、実際の試験の設問に即して解説する哲学ガイドなのです。
◆「思考の型」があるから自由に考え、表現できる
「労働はわれわれをより人間的にするのか?」
「技術はわれわれの自由を増大させるのか?」
「権力の行使は正義の尊重と両立可能なのか?」
バカロレアの哲学小論文ではこのような問題が出題されます。個々の人間がそれぞれに答えを考え、手にすることで初めて、議論や対話が始まり、民主主義というものが成り立つ。それがバカロレアの発想なのです。
哲学の存在意義もまた、ここにあります。バカロレアで哲学が最重視されるのは、何も哲学者の国を作りたいからではありません。
異なる価値観を持った多様な人々が集う世界において、共存していくために不可欠な対話できる人間を作るためです。この点で、わたしたちの社会や組織でも大いに参考になる発想だと思います。
著者について
坂本 尚志(さかもと たかし)
1976年生まれ。京都薬科大学准教授。京都大学文学部卒業、同大学大学院博士課程研究指導認定退学。ボルドー第三大学大学院哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門はフランス現代思想(ミシェル・フーコー)、哲学教育。
著書:『バカロレア幸福論 フランスの高校生に学ぶ哲学的思考のレッスン』(星海社新書)、『共にあることの哲学と現実 家族・社会・文学・政治』(共著、書肆心水)ほか。
1976年生まれ。京都薬科大学准教授。京都大学文学部卒業、同大学大学院博士課程研究指導認定退学。ボルドー第三大学大学院哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門はフランス現代思想(ミシェル・フーコー)、哲学教育。
著書:『バカロレア幸福論 フランスの高校生に学ぶ哲学的思考のレッスン』(星海社新書)、『共にあることの哲学と現実 家族・社会・文学・政治』(共著、書肆心水)ほか。
登録情報
- 出版社 : 日本実業出版社 (2022/1/28)
- 発売日 : 2022/1/28
- 言語 : 日本語
- 単行本(ソフトカバー) : 246ページ
- ISBN-10 : 4534059035
- ISBN-13 : 978-4534059031
- 寸法 : 13.1 x 1.8 x 18.8 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 29,720位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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上位レビュー、対象国: 日本
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2023年6月2日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
バカロレアはフランスの高校卒業資格認定試験とすればよいでしょうか。そのバカロレアでの哲学試験に焦点を当てた本です。実際に問題を見ると、これはとても手が出ないと感じます。平均点は20点満点中7点ほどですので、フランス人であっても難しい試験となっています。模範解答が示されていますが、少なくとも自分にとっては、たったの一年でマスターすることは非常に困難に思われます。思うに、高得点をマークできるのはIQの高い層でしょう。よくないと感じたのは、出典からの引用です。哲学者の名前だけでなくどの書物の第何章かまで暗記しなければならないとあります。参考書に載っているそうですが、引用というものは書籍を手元に置きつつ引くものであって、それは違うんじゃないかと感じます。
2023年2月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
思考の仕方を身につけたい人にはわかりやすくて、良い本。
ただ思考することになれている人には、常識的であり、新しい発見は少ないかも。
学者が言ってるからとか、肩書でだけで信じやすい人は一読すると視野が広がるのではないかと思います。
ただ思考することになれている人には、常識的であり、新しい発見は少ないかも。
学者が言ってるからとか、肩書でだけで信じやすい人は一読すると視野が広がるのではないかと思います。
2022年10月30日に日本でレビュー済み
ひとことで言って、たいへん勉強になった。フランスのバカロレア試験のことは、ほとんど知らなかった。フランスの哲学教育のことや、バカロレア哲学試験のことも知らなかった。
哲学上の高度な質問に対し、4時間を使って、論文形式で解答すると聞いて、昔の中国の「科挙」を思い出した。
第3章「『思考の型』の全体像」は、論文を書く際のノウハウとヒントに満ちていた。自分が書いてきた文章を思い出し、恥ずかしくなった。ここにあるようなノウハウとヒントを身につけていれば、もう少し、ましな文章が書けていただろうと思ったからである。
第4章「労働、自由、正義――何がどのように教えられているのか」では、フランスの高校での哲学教育の「一端」が示されている。その明快にして周到な解説に一驚した。この章を読んだだけでも、本書を読んだ価値があるとさえ思った。
本書のオビに、「フランスの高校生はなぜ哲学が必修なのか?」とあった。しかし、残念ながら、本書に、その問いに対する明白な解答を見出すことはできなかった。
まったく「解答」がなかったわけではない。本書9ページに、「哲学教育の目的は、権威を鵜吞みにせずに自分で考え、発言し、行動することができる『市民』を育てることです」とある。これが解答と言えば解答である。
しかし、多くの読者が知りたいのは、その先ではないのか。なぜ、フランスにおいて、そのような教育が成立したのか。イギリスでも、アメリカでも、ドイツでもなく、もちろん日本でもなく、ほかならぬフランスにおいて、なぜ、そのような哲学教育が成立したのか、そのような哲学教育が、なぜ、今でも維持されているのか。
本書を読む少し前、たまたま読んだ長谷部恭男氏(憲法学・公法学)の論文には、次のように書かれていた。「フランスは大革命を通じて政治制度を民主化すると同時に中間団体を破壊してその軛から個人を解放するという社会の急激な変革をも遂行した」(長谷部1993)。憲法学・比較憲法学の樋口陽一氏は、それよりも前から、ずっと、同様のことを指摘してきた。樋口氏のそうした指摘に対し、ミシェル・トロペール氏(憲法学・法哲学)は、「個人が国民国家をつくったのではなく、国民国家が個人をつくったのだ」とコメントしたという(樋口1992)。
こうした憲法学者たちの言によれば、フランスという国民国家(État-nation)は、個人たる市民(自分で考え、発言し、行動する市民)に立脚している。その個人=市民を育てるのが「哲学教育」である。フランスという国民国家の成立と、そこにおける哲学教育の成立とは、密接不可分の関係にある。なぜ著者は、その点に触れなかったのだろうか。この点が、この本に対する唯一の不満である。
哲学上の高度な質問に対し、4時間を使って、論文形式で解答すると聞いて、昔の中国の「科挙」を思い出した。
第3章「『思考の型』の全体像」は、論文を書く際のノウハウとヒントに満ちていた。自分が書いてきた文章を思い出し、恥ずかしくなった。ここにあるようなノウハウとヒントを身につけていれば、もう少し、ましな文章が書けていただろうと思ったからである。
第4章「労働、自由、正義――何がどのように教えられているのか」では、フランスの高校での哲学教育の「一端」が示されている。その明快にして周到な解説に一驚した。この章を読んだだけでも、本書を読んだ価値があるとさえ思った。
本書のオビに、「フランスの高校生はなぜ哲学が必修なのか?」とあった。しかし、残念ながら、本書に、その問いに対する明白な解答を見出すことはできなかった。
まったく「解答」がなかったわけではない。本書9ページに、「哲学教育の目的は、権威を鵜吞みにせずに自分で考え、発言し、行動することができる『市民』を育てることです」とある。これが解答と言えば解答である。
しかし、多くの読者が知りたいのは、その先ではないのか。なぜ、フランスにおいて、そのような教育が成立したのか。イギリスでも、アメリカでも、ドイツでもなく、もちろん日本でもなく、ほかならぬフランスにおいて、なぜ、そのような哲学教育が成立したのか、そのような哲学教育が、なぜ、今でも維持されているのか。
本書を読む少し前、たまたま読んだ長谷部恭男氏(憲法学・公法学)の論文には、次のように書かれていた。「フランスは大革命を通じて政治制度を民主化すると同時に中間団体を破壊してその軛から個人を解放するという社会の急激な変革をも遂行した」(長谷部1993)。憲法学・比較憲法学の樋口陽一氏は、それよりも前から、ずっと、同様のことを指摘してきた。樋口氏のそうした指摘に対し、ミシェル・トロペール氏(憲法学・法哲学)は、「個人が国民国家をつくったのではなく、国民国家が個人をつくったのだ」とコメントしたという(樋口1992)。
こうした憲法学者たちの言によれば、フランスという国民国家(État-nation)は、個人たる市民(自分で考え、発言し、行動する市民)に立脚している。その個人=市民を育てるのが「哲学教育」である。フランスという国民国家の成立と、そこにおける哲学教育の成立とは、密接不可分の関係にある。なぜ著者は、その点に触れなかったのだろうか。この点が、この本に対する唯一の不満である。
2022年2月12日に日本でレビュー済み
フランスの高校生が哲学を学んでいること、その哲学を含む大学入学資格試験がバカロレアであること、そして哲学試験の内容が実例に基づいて詳しく紹介されています。実例の試験問題に解答できる日本人はほとんどいないでしょう。
試験はディセルタシオンと呼ばれる小論文で行われます。この形式を守らないと、ほとんど点数はもらえません。ディセルタシオンは「導入」「展開」「結論」の三つの部分で構成されます。
1.「導入」;問題文の言葉が何を意味するかを定義し、それに基づいて考察すべき複数の問題を列記します。
2.「展開」;問いに対し、肯定意見ばかりでなく否定意見も必ず述べることになります。さらに必要があれば、(正・反・合)の弁証法で〈合〉の意見を述べることもできます。今まで学んだ哲学者の理論が、ここで引用されることになります。
3.「結論」;議論を要約し、結論を提示します。
ディセルタシオンは学校教育ばかりでなく、フランス社会の論理的思考を支配しています。ディセルタシオン形式は、バカロレアばかりでなく、各種資格試験、採用試験にも用いられています。その弁証法の(正・反・合)の〈合〉は、矛盾する社会の統合原理と深く関わっていると考えられます(渡邉雅子『「論理的思考」の社会的構築:フランスの思考表現スタイルと言葉の教育』岩波書店 p.237)。
学ぶべき哲学者のリストがp.32の表2に載っていますが、これは日本の学習指導要領にあたる「高等学校普通科最終級における哲学プログラム」によって決められています。もちろんフランス人だけではありません。知らない名前がいくつもありました。荘子とナーガールジュナ(竜樹)があったのには驚きました。
プラトン、アリストテレス、デカルト、スピノザ、カント、ヘーゲル、キルケゴール、ニーチェ、フロイト、サルトルの10人を取り上げた教科書、シャルル・ペパン『フランスの高校生が学んでいる10人の哲学者』(草思社)が、本書と同時期に翻訳されました。こちらもお勧めです。
試験はディセルタシオンと呼ばれる小論文で行われます。この形式を守らないと、ほとんど点数はもらえません。ディセルタシオンは「導入」「展開」「結論」の三つの部分で構成されます。
1.「導入」;問題文の言葉が何を意味するかを定義し、それに基づいて考察すべき複数の問題を列記します。
2.「展開」;問いに対し、肯定意見ばかりでなく否定意見も必ず述べることになります。さらに必要があれば、(正・反・合)の弁証法で〈合〉の意見を述べることもできます。今まで学んだ哲学者の理論が、ここで引用されることになります。
3.「結論」;議論を要約し、結論を提示します。
ディセルタシオンは学校教育ばかりでなく、フランス社会の論理的思考を支配しています。ディセルタシオン形式は、バカロレアばかりでなく、各種資格試験、採用試験にも用いられています。その弁証法の(正・反・合)の〈合〉は、矛盾する社会の統合原理と深く関わっていると考えられます(渡邉雅子『「論理的思考」の社会的構築:フランスの思考表現スタイルと言葉の教育』岩波書店 p.237)。
学ぶべき哲学者のリストがp.32の表2に載っていますが、これは日本の学習指導要領にあたる「高等学校普通科最終級における哲学プログラム」によって決められています。もちろんフランス人だけではありません。知らない名前がいくつもありました。荘子とナーガールジュナ(竜樹)があったのには驚きました。
プラトン、アリストテレス、デカルト、スピノザ、カント、ヘーゲル、キルケゴール、ニーチェ、フロイト、サルトルの10人を取り上げた教科書、シャルル・ペパン『フランスの高校生が学んでいる10人の哲学者』(草思社)が、本書と同時期に翻訳されました。こちらもお勧めです。
2022年11月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
"思考の型"は、「バカロレア幸福論」で知り、自ら考え判断する汎用ツールとして学生に学ばせたいと思っていました。この「バカロレアの哲学 「思考の型」で自ら考え、書く」には、"思考の型"の学び方が整理されて説明されていたので、講義へ取り入れるよいきっかけになりました。
哲学から離れたテーマで"思考の型"を用いた事例がもう少し見たいと思いました。
哲学から離れたテーマで"思考の型"を用いた事例がもう少し見たいと思いました。
2022年10月24日に日本でレビュー済み
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バカロレアの受験はどういうものか。普段の授業で学んできた「思考の型」というものから、出題された問題をどのように回答するかの方法が書かれていると思えます。
ですが、回答方法は普段私たちの生活でも、問題を解かなければならないときに、回答を導き出すひとつの手段として使えるかな・・・と読んだ後は思うほど感動しました。が、実際には回答を導き出す方法として使うには、とても難しいと思います。物事を推理する手段として、自分の知識にあればいいかなと考えられるくらいです。物事を問い詰めることが好きな人には、一度読んでみることをお薦めします。
ですが、回答方法は普段私たちの生活でも、問題を解かなければならないときに、回答を導き出すひとつの手段として使えるかな・・・と読んだ後は思うほど感動しました。が、実際には回答を導き出す方法として使うには、とても難しいと思います。物事を推理する手段として、自分の知識にあればいいかなと考えられるくらいです。物事を問い詰めることが好きな人には、一度読んでみることをお薦めします。
2022年10月12日に日本でレビュー済み
1.内容
日本の読書感想文のように(と書いたが、レビュアーは未経験なので、あくまでイメージ)、文章や思考は自由に行えばいいというものではない。本書では、「民主主義社会における市民」(p.232。レビュアー補足。日本在住者も当然該当する)を育成するのに必要な思考の型を、フランスのバカロレア試験の哲学の実際を学ぶことによって考察するものである。
2.評価
(1)まず、教育に興味のある人であれば、フランスの試験の実際の知識がわかり、興味深いものとなろう。
(2)本書で詳しく論じられているのは、「クローズドクエスチョン」であり、それには賛否がつきものであるが(「はい」か「いいえ」で答えられるから)、賛否どちらの見解も理由を持って検討し、反論を加えるというプロセスは、レビュアーの印象論で恐縮だが、使えそうである。ネットユーザーの一部には自らの意見を絶対的に是とし他者の見解を検討しない人もいるが、そういう市民社会には望ましくない人以外であれば使えるし、今書いたことが該当すると思った人は本書を読んで本書が提示する型を意識的に用いるところから始めればいいだろう。なお、(1)と重複するが、フランスの教育は、「クローズドクエスチョン」では終わらないことも、本書を読めばわかるだろう。
(3)以上の通りであるから星5つ。
日本の読書感想文のように(と書いたが、レビュアーは未経験なので、あくまでイメージ)、文章や思考は自由に行えばいいというものではない。本書では、「民主主義社会における市民」(p.232。レビュアー補足。日本在住者も当然該当する)を育成するのに必要な思考の型を、フランスのバカロレア試験の哲学の実際を学ぶことによって考察するものである。
2.評価
(1)まず、教育に興味のある人であれば、フランスの試験の実際の知識がわかり、興味深いものとなろう。
(2)本書で詳しく論じられているのは、「クローズドクエスチョン」であり、それには賛否がつきものであるが(「はい」か「いいえ」で答えられるから)、賛否どちらの見解も理由を持って検討し、反論を加えるというプロセスは、レビュアーの印象論で恐縮だが、使えそうである。ネットユーザーの一部には自らの意見を絶対的に是とし他者の見解を検討しない人もいるが、そういう市民社会には望ましくない人以外であれば使えるし、今書いたことが該当すると思った人は本書を読んで本書が提示する型を意識的に用いるところから始めればいいだろう。なお、(1)と重複するが、フランスの教育は、「クローズドクエスチョン」では終わらないことも、本書を読めばわかるだろう。
(3)以上の通りであるから星5つ。