僕が松本氏に比肩しうるとは毛頭考えていないが、年齢的には可能性だけは保証された立場からこの本には嫉妬せざるを得ない。
ラカンに接近する為の方法論は適切で、内容、情熱は十分。また、全体の記述の仕方も論理的であり、非常に読みやすい。
筆者の感覚的理解と理論的理解の両立が伺え、驚愕せざるを得ない。
本を出版する事を目的にした本末転倒な本では、理論的理解をした後時期尚早に出版に至り、内容が平面的かつ穴が多く、本の内容を一体的に理解できない。対して本書は、理論的理解に基づきながら、その隙間を感覚的理解で埋められてあるので内容を一体的に理解することが可能。松本氏の我慢強さに脱帽する。
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人はみな妄想する -ジャック・ラカンと鑑別診断の思想- 単行本 – 2015/4/24
松本卓也
(著)
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購入オプションとあわせ買い
國分功一郎氏、千葉雅也氏がいまもっとも注目する著者!!
気鋭の精神医学者がジャック・ラカンの思想の核心にせまる。
本書は、精神病か神経症かを判断する「鑑別診断」に、
思想と臨床の両方から光をあて、
まったくあたらしいラカン像を提示しようとするまさに画期の書である。
そこから50年代、60年代、70年代と
ラカンに一貫したテーマがはじめて浮かび上がってくる。
國分功一郎氏、推薦文より
この本は現代思想の諸問題を、
高解像度の衛星写真のように写し撮る。
クローズアップして細部を観察するもの、全体から道順を読み取るのも、
読者の操作次第である。我々はここに、
思考のための最高のツールをまたひとつ手に入れたのだ。
千葉雅也氏、推薦文より
こころの問題を考えるすべての人が、本書から決定的な
ヒントを得るでしょう。かつてなく明晰な、
ラカンを深く知るための新基準。
気鋭の精神医学者がジャック・ラカンの思想の核心にせまる。
本書は、精神病か神経症かを判断する「鑑別診断」に、
思想と臨床の両方から光をあて、
まったくあたらしいラカン像を提示しようとするまさに画期の書である。
そこから50年代、60年代、70年代と
ラカンに一貫したテーマがはじめて浮かび上がってくる。
國分功一郎氏、推薦文より
この本は現代思想の諸問題を、
高解像度の衛星写真のように写し撮る。
クローズアップして細部を観察するもの、全体から道順を読み取るのも、
読者の操作次第である。我々はここに、
思考のための最高のツールをまたひとつ手に入れたのだ。
千葉雅也氏、推薦文より
こころの問題を考えるすべての人が、本書から決定的な
ヒントを得るでしょう。かつてなく明晰な、
ラカンを深く知るための新基準。
- 本の長さ467ページ
- 言語日本語
- 出版社青土社
- 発売日2015/4/24
- 寸法13.8 x 2.9 x 19.6 cm
- ISBN-104791768582
- ISBN-13978-4791768585
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登録情報
- 出版社 : 青土社 (2015/4/24)
- 発売日 : 2015/4/24
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 467ページ
- ISBN-10 : 4791768582
- ISBN-13 : 978-4791768585
- 寸法 : 13.8 x 2.9 x 19.6 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 133,251位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 6,208位心理学 (本)
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2016年8月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
Amazonで購入させていただきました。
以前からラカンには興味がありましたが「ラカン入門」を謳っている類書を読んでも、ぼくの理解力が足りないせいか、いまひとつ理解できませんでした。
また、『エクリ』も購入して読んだことがありますが、冒頭に置かれたあの有名な「<盗まれた手紙>についてのゼミナール」(という題名の論文)の最初の一行で挫折しました。それはこのように始まります。
「われわれはこれまでの研究によって、反復強迫はわれわれが以前に記号表現の連鎖の自己主張と名づけたものの中に根拠をおいているのを知りました」。
「?」です。
否、「???」です。
ラカンは意図的に難解に喋り、かつ、書いている(と思う)ので、一連のラカンのセミネール(講義録のこと)よりも難解な『エクリ』を読んでも、ぼくのような素人にはちんぷんかんぷんなのも当たり前です。
というわけで、「ラカン入門」もダメ、もちろん『エクリ』もダメということで、幾霜雪、なのですが、たまたま人文科学書の中で話題になっていた本書を手にして読みはじめたところ、いい意味で愕然としました。あまりにもわかりやすかったからです。
本書はラカンが考えたことを鑑別診断(精神分析を行なう前に、分析家がクライアントである分析主体の構造が神経症か精神病かを判断すること)を軸にして、通時的に描きだしていきます(この通時的ラカン読解の手法は、精神分析家でいらっしゃる向井雅明さんの『ラカン対ラカン』から学んだ、と著者は本書の中で書いています。ちなみに、『ラカン対ラカン』は最近、ちくま学芸文庫で『ラカン入門』という表題で増補版が出ています。ぼくも購入して少し読みましたが、こちらも良書です。本書と併せて読むと一層ラカン理解が定着、かつ、進むと思われます)。
ラカンを理解したいならまずこの一冊、そう思います。
以前からラカンには興味がありましたが「ラカン入門」を謳っている類書を読んでも、ぼくの理解力が足りないせいか、いまひとつ理解できませんでした。
また、『エクリ』も購入して読んだことがありますが、冒頭に置かれたあの有名な「<盗まれた手紙>についてのゼミナール」(という題名の論文)の最初の一行で挫折しました。それはこのように始まります。
「われわれはこれまでの研究によって、反復強迫はわれわれが以前に記号表現の連鎖の自己主張と名づけたものの中に根拠をおいているのを知りました」。
「?」です。
否、「???」です。
ラカンは意図的に難解に喋り、かつ、書いている(と思う)ので、一連のラカンのセミネール(講義録のこと)よりも難解な『エクリ』を読んでも、ぼくのような素人にはちんぷんかんぷんなのも当たり前です。
というわけで、「ラカン入門」もダメ、もちろん『エクリ』もダメということで、幾霜雪、なのですが、たまたま人文科学書の中で話題になっていた本書を手にして読みはじめたところ、いい意味で愕然としました。あまりにもわかりやすかったからです。
本書はラカンが考えたことを鑑別診断(精神分析を行なう前に、分析家がクライアントである分析主体の構造が神経症か精神病かを判断すること)を軸にして、通時的に描きだしていきます(この通時的ラカン読解の手法は、精神分析家でいらっしゃる向井雅明さんの『ラカン対ラカン』から学んだ、と著者は本書の中で書いています。ちなみに、『ラカン対ラカン』は最近、ちくま学芸文庫で『ラカン入門』という表題で増補版が出ています。ぼくも購入して少し読みましたが、こちらも良書です。本書と併せて読むと一層ラカン理解が定着、かつ、進むと思われます)。
ラカンを理解したいならまずこの一冊、そう思います。
2023年5月29日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
千葉雅也『現代思想入門』(講談社現代新書)では「際だって明晰」、片岡一竹『疾風怒濤精神分析入門』(誠信書房)では「驚くほどの明快さ」と推薦されていて購入しました。
他の方の書評でも絶賛されていますが、私にはまだ年季が足りないせいか、そこまで分かり易いとは思えませんでした。切り口が明快なんだと思います。あるいは他のラカン本が難しすぎるのだと思います。
ただ、私も他の現代思想をもっと勉強すれば、読めるようになるんじゃないかとは思いました。文章は学者特有の堅さはあるものの格調を保つために無理のない範囲と思われました。
書名の『人はみな妄想する』から受ける直観は私にも響くものがあって、その理屈を追いたかったのですが、今の私にはできませんでした。
ただ、購入して損はないと思います。積ん読しておいて、思い返して読む、でも充分と思います。
他の方の書評でも絶賛されていますが、私にはまだ年季が足りないせいか、そこまで分かり易いとは思えませんでした。切り口が明快なんだと思います。あるいは他のラカン本が難しすぎるのだと思います。
ただ、私も他の現代思想をもっと勉強すれば、読めるようになるんじゃないかとは思いました。文章は学者特有の堅さはあるものの格調を保つために無理のない範囲と思われました。
書名の『人はみな妄想する』から受ける直観は私にも響くものがあって、その理屈を追いたかったのですが、今の私にはできませんでした。
ただ、購入して損はないと思います。積ん読しておいて、思い返して読む、でも充分と思います。
2015年7月22日に日本でレビュー済み
本書が各方面からかなりの話題になっているので、私も書店で買って読んでみみました。
出来を一言で言ってしまうと、非常に密度の濃い、大変優れた本であるということでしょう。
本書は「鑑別診断」といって、精神分析を始める前に患者(被分析者)が「神経症」であるか「精神病」である
かをあらかじめ判断しておく行為のこと。
つまり本書は「ラカンの精神分析」を「鑑別診断」という精神分析の手前の行為をその思考の軸として、ラカン
のその時代ごとに変貌してゆく考え方(思想)を実に丁寧に書き込んでいるという、大変手間のかかった本だ。
著者である松本卓也氏は現時点で精神科医であり、医大の助教でもあるが、ラカンに興味を持ち始めたのは
10代の頃からだったという。
それにしても、本書刊行時でも31才程度の若さであるから、極めて明晰かつ真摯な考察を、こうして書き上げ
たというのは、著者の今後の活動も含めて大いに注目に値する。
ラカンの「エクリ」や「セミネール」を読んだことがある人ならば、みなが感じたであろうことだが、ラカンのディス
クールというのは非常に要点が掴み難い。
それはラカン自身が極めて特殊な書き方、また話し方をしたり、独特の用語を駆使するためでもあった。
しかし、本書では著者は「鑑別診断」という限定した読みを設定して、その中でラカンの精神分析の思想的
変遷を書いているので、ラカン自身の言葉にみられるような拡散するディスクールにはなっていない。
このあたりは著者の力量を物語っているところであるが、「鑑別診断」という視点で語るべきところは、執拗に
語り、そのあとには必ず「パラフレーズ(まとめ・整理)」してさらに理解しやすくまとめていっているという念の
入れよう。
ラカンの思想的変遷を「鑑別診断」という軸によって追うなかで、著者はラカンの後継者でもあるミレールや
様々なラカン派の分析家の言葉を引用したり、ラカンを理解するための手がかりとして利用している。
現在のラカン亡きあとのラカン派はどこに向かっているのか、それはラカンの生前の思想から離れていって
いるのか、そういうことまでも本書によって間接的に理解できるしくみになっている点も素晴らしい。
極めてお大雑把に、ラカンの思想的変遷を記述すると、50年代は「シニフィアンの理論」の時代だった。
神経症は「幼児期のシニフィアンの抑圧」が原因であり、精神病では「父の名のシニフィアンの排除」が原因
となる。
なお、「シニフィアン」というのはソシュールの一般言語学による用語として理解するよりも、かなり幅のある
用語で、「シニフィアン:言葉としての音はあるものの、意味が固定されていない」程度の理解でいいと思う。
ソシュールだと「シニフィアン(音)」と「シニフィエ(意味)」は不可分離という定義なので注意が必要なのだ。
実際にこれだけ徹底して執筆された傑出した論文であっても、残念ながらやはり「ラカンにおけるシニフィアン」
の意味については定義されていない(もちろん著者の苦労は大いに察します)。
次に60年代におけるラカンの「鑑別診断」というのは、シニフィアンの理論に「大他者の疎外と分離」という操作
の問題が、神経症にも精神病にもからんでくる(詳細は本書を読んでください・・・)。
70年代ラカンでは理論的なものが大きく変貌してゆき、シニフィアンの理論はかなり影が薄くなる。
ここで数行にまとめることは困難なのだが、キーワードとして患者の「享楽」というものがクローズアップされる。
精神病の例では作家のジョイスが取り上げられて、ジョイスはなぜ作家として成功して精神病の深みへと落ちな
かったのかということを、サントーム(ボロメオの第四の輪)とジョイスが「フィネガンズウェイク」という作品にみせた
まさにジョイスにしかわからない、ジョイスだけの享楽というものが成立したからだということを詳細に説明している。
そのほか、「ララング(子供がはじめて言語に出会うときのトラウマ的衝撃として刻印されるもの)」など極めて重要
な用語も省くことなく著者はしっかりと説明している。
・・・もうとにかく内容がありすぎてインデックス的なことすらここには書けないくらいの密度だ。
最後はドゥルーズ=ガタリとデリダによるラカン批判の内容が、じつは差異よりも同一性の方が大きいという事実
までも記述している。
日本の「21世紀のラカン精神分析」は本書からスタートしたと言っても、まったく大げさではない特筆すべき内容を
持った著作であると私は思いました。
出来を一言で言ってしまうと、非常に密度の濃い、大変優れた本であるということでしょう。
本書は「鑑別診断」といって、精神分析を始める前に患者(被分析者)が「神経症」であるか「精神病」である
かをあらかじめ判断しておく行為のこと。
つまり本書は「ラカンの精神分析」を「鑑別診断」という精神分析の手前の行為をその思考の軸として、ラカン
のその時代ごとに変貌してゆく考え方(思想)を実に丁寧に書き込んでいるという、大変手間のかかった本だ。
著者である松本卓也氏は現時点で精神科医であり、医大の助教でもあるが、ラカンに興味を持ち始めたのは
10代の頃からだったという。
それにしても、本書刊行時でも31才程度の若さであるから、極めて明晰かつ真摯な考察を、こうして書き上げ
たというのは、著者の今後の活動も含めて大いに注目に値する。
ラカンの「エクリ」や「セミネール」を読んだことがある人ならば、みなが感じたであろうことだが、ラカンのディス
クールというのは非常に要点が掴み難い。
それはラカン自身が極めて特殊な書き方、また話し方をしたり、独特の用語を駆使するためでもあった。
しかし、本書では著者は「鑑別診断」という限定した読みを設定して、その中でラカンの精神分析の思想的
変遷を書いているので、ラカン自身の言葉にみられるような拡散するディスクールにはなっていない。
このあたりは著者の力量を物語っているところであるが、「鑑別診断」という視点で語るべきところは、執拗に
語り、そのあとには必ず「パラフレーズ(まとめ・整理)」してさらに理解しやすくまとめていっているという念の
入れよう。
ラカンの思想的変遷を「鑑別診断」という軸によって追うなかで、著者はラカンの後継者でもあるミレールや
様々なラカン派の分析家の言葉を引用したり、ラカンを理解するための手がかりとして利用している。
現在のラカン亡きあとのラカン派はどこに向かっているのか、それはラカンの生前の思想から離れていって
いるのか、そういうことまでも本書によって間接的に理解できるしくみになっている点も素晴らしい。
極めてお大雑把に、ラカンの思想的変遷を記述すると、50年代は「シニフィアンの理論」の時代だった。
神経症は「幼児期のシニフィアンの抑圧」が原因であり、精神病では「父の名のシニフィアンの排除」が原因
となる。
なお、「シニフィアン」というのはソシュールの一般言語学による用語として理解するよりも、かなり幅のある
用語で、「シニフィアン:言葉としての音はあるものの、意味が固定されていない」程度の理解でいいと思う。
ソシュールだと「シニフィアン(音)」と「シニフィエ(意味)」は不可分離という定義なので注意が必要なのだ。
実際にこれだけ徹底して執筆された傑出した論文であっても、残念ながらやはり「ラカンにおけるシニフィアン」
の意味については定義されていない(もちろん著者の苦労は大いに察します)。
次に60年代におけるラカンの「鑑別診断」というのは、シニフィアンの理論に「大他者の疎外と分離」という操作
の問題が、神経症にも精神病にもからんでくる(詳細は本書を読んでください・・・)。
70年代ラカンでは理論的なものが大きく変貌してゆき、シニフィアンの理論はかなり影が薄くなる。
ここで数行にまとめることは困難なのだが、キーワードとして患者の「享楽」というものがクローズアップされる。
精神病の例では作家のジョイスが取り上げられて、ジョイスはなぜ作家として成功して精神病の深みへと落ちな
かったのかということを、サントーム(ボロメオの第四の輪)とジョイスが「フィネガンズウェイク」という作品にみせた
まさにジョイスにしかわからない、ジョイスだけの享楽というものが成立したからだということを詳細に説明している。
そのほか、「ララング(子供がはじめて言語に出会うときのトラウマ的衝撃として刻印されるもの)」など極めて重要
な用語も省くことなく著者はしっかりと説明している。
・・・もうとにかく内容がありすぎてインデックス的なことすらここには書けないくらいの密度だ。
最後はドゥルーズ=ガタリとデリダによるラカン批判の内容が、じつは差異よりも同一性の方が大きいという事実
までも記述している。
日本の「21世紀のラカン精神分析」は本書からスタートしたと言っても、まったく大げさではない特筆すべき内容を
持った著作であると私は思いました。
2015年9月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
いままで,ラカン入門,の類いの本を何冊と買って読み切れなかったか理解できなかった方々へ,是非本書を読んでみてください。
いままでの本でよくわからなかったところが,時系列に沿ってよく書いてあります。
この本でラカン思想の詳細はともかく核になるものが理解できなかったら,ラカンは諦めるしかないと思います。
ラカンに関する本で,(ラカン専門家でない人たちにとって)払ったお金以上の価値があるのは,本書くらいではないでしょうか。
いままでの本でよくわからなかったところが,時系列に沿ってよく書いてあります。
この本でラカン思想の詳細はともかく核になるものが理解できなかったら,ラカンは諦めるしかないと思います。
ラカンに関する本で,(ラカン専門家でない人たちにとって)払ったお金以上の価値があるのは,本書くらいではないでしょうか。
2016年6月26日に日本でレビュー済み
相手に対しての誠実さとは、
相手が理解して欲しいように、相手を理解する事。
暴くのは良くない。
健全に病む。意識的に病む。
意識的な意味の理解。無意識的な意味の理解。
無意識と意識。自分自身に対して、隠すことは出来るけど、
人に対しては無理。生きている限り、自分は何かを象徴しているし、
対象化されている。それを意識し過ぎる事も無い。
本人に表れているけど、本人が自覚できない事。
本人にとっては「そう」することしかできないわけで。
本人は自覚しない方が幸せな事が多くある。
自分も他人も100%思考をコントロールできるわけがない。
孤独を健全に楽しむ。論理、面白さに繋げる努力。
無意識の難しさ。意識できる所だけ考えていればいい。
意識している所に無意識で伝わっているものがあるかも…
とか、考えていると、多分、簡単に病む。
一貫していない快楽源はその人を幸せにしない?
←まぁ飽きるものだから、色々な所から快楽を得られる方がいいのかも?
自分が何から快楽を得ているか、分からなくなるときつそう。
別にそれで快楽を得ていて、反社会的じゃなければ勝手にすればいい?
ややこしくしているから、不幸せになる。
シンプルさが物凄く有効な時もある。
心理学的モチーフの効果。
人を説明する上で、重要性の高い変数
(性別、兄弟関係、親子関係)
人を説明するのに使う心理学用語。
100%自分の妄想、考えに浸って生きるのは、結構危ない。
きちんと社会的なら良いけど、多少迷いが含まれるもののはず。
(自分が想像する)社会の要請を思うことで苦しむのか、
健全に自分の本心で苦しんでいるのか?
説明できない象徴を認識する主体
妄想は物凄く主体的な経験
自分が自分と折り合わない感覚。
相手が理解して欲しいように、相手を理解する事。
暴くのは良くない。
健全に病む。意識的に病む。
意識的な意味の理解。無意識的な意味の理解。
無意識と意識。自分自身に対して、隠すことは出来るけど、
人に対しては無理。生きている限り、自分は何かを象徴しているし、
対象化されている。それを意識し過ぎる事も無い。
本人に表れているけど、本人が自覚できない事。
本人にとっては「そう」することしかできないわけで。
本人は自覚しない方が幸せな事が多くある。
自分も他人も100%思考をコントロールできるわけがない。
孤独を健全に楽しむ。論理、面白さに繋げる努力。
無意識の難しさ。意識できる所だけ考えていればいい。
意識している所に無意識で伝わっているものがあるかも…
とか、考えていると、多分、簡単に病む。
一貫していない快楽源はその人を幸せにしない?
←まぁ飽きるものだから、色々な所から快楽を得られる方がいいのかも?
自分が何から快楽を得ているか、分からなくなるときつそう。
別にそれで快楽を得ていて、反社会的じゃなければ勝手にすればいい?
ややこしくしているから、不幸せになる。
シンプルさが物凄く有効な時もある。
心理学的モチーフの効果。
人を説明する上で、重要性の高い変数
(性別、兄弟関係、親子関係)
人を説明するのに使う心理学用語。
100%自分の妄想、考えに浸って生きるのは、結構危ない。
きちんと社会的なら良いけど、多少迷いが含まれるもののはず。
(自分が想像する)社会の要請を思うことで苦しむのか、
健全に自分の本心で苦しんでいるのか?
説明できない象徴を認識する主体
妄想は物凄く主体的な経験
自分が自分と折り合わない感覚。