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これが見納め―― 絶滅危惧の生きものたち、最後の光景 単行本 – 2011/7/23
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『銀河ヒッチハイク・ガイド』のD・アダムスが絶滅危惧の動物たちに出会う旅。動物保護に必須なのは、愛と科学、そしてユーモアだ!
- 本の長さ360ページ
- 言語日本語
- 出版社みすず書房
- 発売日2011/7/23
- ISBN-104622076160
- ISBN-13978-4622076162
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登録情報
- 出版社 : みすず書房 (2011/7/23)
- 発売日 : 2011/7/23
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 360ページ
- ISBN-10 : 4622076160
- ISBN-13 : 978-4622076162
- Amazon 売れ筋ランキング: - 570,209位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 52,278位科学・テクノロジー (本)
- - 94,190位ノンフィクション (本)
- カスタマーレビュー:
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カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2012年9月17日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
出版社は堅くて高い(偏見!)みすず書房です(何度挫折したことか) ユーモア作家の紀行文ということで「どくとるマンボウ」をちょっと思い出しました。 絶滅寸前の動物が生き残っている場所は、結果として最大の天敵である人が行きづらい場所。 不条理小説さながらの入国管理官やちょっとエキセントリックな野生動物保護官やりとりは素直に笑えます。 一方で苦労して出会った動物の姿は、意外と淡々と描かれてる。 声高に動物保護を訴えていないところがイイ!(^o^)
2020年7月22日に日本でレビュー済み
絶滅危惧種を見に行くという、著者が変わればとてもつまらない内容の本になってしまいそうなところを
ユーモア(という日本語の語感だと若干ダサい感じがするので、しっくりこないが)の力でぐいぐい引っ張られます。
決して絶滅危惧種について面白く書いているのではなく、面白い奴(あるいは面白い文章を書くやつ)が絶滅危惧種を見に行った話です。だから何度も読み返したくなります。こういう書き手がもっと必要だと思います。
冒頭にある、彼(著者)がいなくなった分世界が貧しく、寂しくなった、という表現はキラーワード。
ユーモア(という日本語の語感だと若干ダサい感じがするので、しっくりこないが)の力でぐいぐい引っ張られます。
決して絶滅危惧種について面白く書いているのではなく、面白い奴(あるいは面白い文章を書くやつ)が絶滅危惧種を見に行った話です。だから何度も読み返したくなります。こういう書き手がもっと必要だと思います。
冒頭にある、彼(著者)がいなくなった分世界が貧しく、寂しくなった、という表現はキラーワード。
2012年1月22日に日本でレビュー済み
Last Chance To See.
「銀河ヒッチハイクガイド」でお馴染みのダグラス・アダムスがBBC(ラジオ)の
ドキュメンタリー番組のために世界中の絶滅危惧種を見に行く、という本。
出版されたのが1990年で、昨年訳出されるまでに11年もかかってしまったという。
面白かった。すこぶる面白かった。絶滅危惧種の描写が、ではなく(むしろ
絶滅危惧種そのものの描写は驚くほど少ないと言っていい)、そこに
たどり着くまでの下りがひたすらダグラス・アダムスくさい言い回しに満ちていて、
件の銀河ヒッチハイクガイドやモンティ・パイソン的英国風諧謔が好きな向きには
安心して薦められる一本。
コモド島に行く前に毒蛇について聞きに行く下りとか最高。
モンティパイソンのスケッチ的な。
毒液用冷蔵庫から取り出してきたケーキを薦められつつの会話の味わい。
---------
「致命的な毒を持つ生きものに咬まれたらどうなるんですか」
気はたしかかと言いたげに、博士は目をぱちくりさせた。
「えーと、どうなると思ってるんですか?」彼は言った。
「死ぬに決まってるじゃないですか。致命的ってそういう意味ですよ」
(ここにチキンあり(p21))
---------
あと単に笑ったのが
---------
「わたしは水をはねちらかしつつ血まみれで座り込み、大丈夫だ、いまわたしに
必要なのは静かな片隅に引っ込んでひっそり死ぬことだけで、そうすれば
あとはなにも問題ないと言い張っていた。」(まれか、ややまれか(p293))
---------
何が語られているか、ではなく、何をかもし出そうとしているか。
曰く
「かれらがいなくなったら、世界はそれだけ貧しく、暗く、
寂しい場所になってしまうからなのである。」
「小気味よいウィットと諧謔味満載で語られる」おかしみの向こうに、
ずっと流れている、えも言われぬ「もう取り返しがつかない」という感じの
侘びしさ、苦みがこの作品の味わいを決めている。
いまこの瞬間も世界のどこかで進んでいる生物の種の絶滅(毎年一千種を超す
動植物が絶滅しているそうだ)、という事象が、日々の生活に追われる、
日本の一地方に住む自分にとってどういう意味合いがあるのか。
それが今回何となく「ああ、たしかにそれは寂しいな」という感覚と共に、
自分のなかに落ち着き場所を見つけた感じがする。どんなに自分とは
縁遠そうな事であっても、それが自分の中でしっくり行く場所に落ち着く、と
いうのは気持ちの良いものだ。
われわれ人類の愚かさ(コーヒーノキの下りは流石にぞっとする)の結果
もはや人類の技術ではもうどうしようもなく「失われていく」ことに対する寂しさ、
侘しさの、その苦みを背負って、でも基本自嘲しながら生きて行く。
彼、ダグラス・アダムスが絶滅してしまった現在、
こんな文章が書ける人が他にいるのだろうか。
シメの挿話も含め、一本の舞台を見終わった様な満足感。
いや、いい本でした。
「銀河ヒッチハイクガイド」でお馴染みのダグラス・アダムスがBBC(ラジオ)の
ドキュメンタリー番組のために世界中の絶滅危惧種を見に行く、という本。
出版されたのが1990年で、昨年訳出されるまでに11年もかかってしまったという。
面白かった。すこぶる面白かった。絶滅危惧種の描写が、ではなく(むしろ
絶滅危惧種そのものの描写は驚くほど少ないと言っていい)、そこに
たどり着くまでの下りがひたすらダグラス・アダムスくさい言い回しに満ちていて、
件の銀河ヒッチハイクガイドやモンティ・パイソン的英国風諧謔が好きな向きには
安心して薦められる一本。
コモド島に行く前に毒蛇について聞きに行く下りとか最高。
モンティパイソンのスケッチ的な。
毒液用冷蔵庫から取り出してきたケーキを薦められつつの会話の味わい。
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「致命的な毒を持つ生きものに咬まれたらどうなるんですか」
気はたしかかと言いたげに、博士は目をぱちくりさせた。
「えーと、どうなると思ってるんですか?」彼は言った。
「死ぬに決まってるじゃないですか。致命的ってそういう意味ですよ」
(ここにチキンあり(p21))
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あと単に笑ったのが
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「わたしは水をはねちらかしつつ血まみれで座り込み、大丈夫だ、いまわたしに
必要なのは静かな片隅に引っ込んでひっそり死ぬことだけで、そうすれば
あとはなにも問題ないと言い張っていた。」(まれか、ややまれか(p293))
---------
何が語られているか、ではなく、何をかもし出そうとしているか。
曰く
「かれらがいなくなったら、世界はそれだけ貧しく、暗く、
寂しい場所になってしまうからなのである。」
「小気味よいウィットと諧謔味満載で語られる」おかしみの向こうに、
ずっと流れている、えも言われぬ「もう取り返しがつかない」という感じの
侘びしさ、苦みがこの作品の味わいを決めている。
いまこの瞬間も世界のどこかで進んでいる生物の種の絶滅(毎年一千種を超す
動植物が絶滅しているそうだ)、という事象が、日々の生活に追われる、
日本の一地方に住む自分にとってどういう意味合いがあるのか。
それが今回何となく「ああ、たしかにそれは寂しいな」という感覚と共に、
自分のなかに落ち着き場所を見つけた感じがする。どんなに自分とは
縁遠そうな事であっても、それが自分の中でしっくり行く場所に落ち着く、と
いうのは気持ちの良いものだ。
われわれ人類の愚かさ(コーヒーノキの下りは流石にぞっとする)の結果
もはや人類の技術ではもうどうしようもなく「失われていく」ことに対する寂しさ、
侘しさの、その苦みを背負って、でも基本自嘲しながら生きて行く。
彼、ダグラス・アダムスが絶滅してしまった現在、
こんな文章が書ける人が他にいるのだろうか。
シメの挿話も含め、一本の舞台を見終わった様な満足感。
いや、いい本でした。
2014年3月12日に日本でレビュー済み
ダグラスの小説ファンには彼の代表作「銀河ヒッチハイクガイド」の河出書房新社版全てを訳した安原氏の訳により、道中の作者アダムスとカーワディンの会話はどう見てもアーサーとフォード、硬直し官僚的な各国の税関、旅行会社はヴォゴン人に見えてしまいます。
そして作者の含羞に満ちた人類を決して宇宙で特別な存在とは見ない謙虚な姿勢共々、まるで「銀河~」の地球版続編と言うべきユーモアに満ち溢れて居ます。
もちろん、繊細で鋭い観察眼も健在で、動物ひいては彼らの生息地を脅かしている人類の問題が単なる揚げ足取りに終わらない気遣いのユーモアに塗しながらもしっかりと浮き上がる様に描かれている点も素晴らしいです。
実際、アダムスは本誌発表以降、有言実行の動物保護運動家として数多くのチャリティ活動を行っています。
徹底した無神論者で、容赦ない論客と言う印象が強いドーキンス博士が心より本書を推し、アダムスの不在を悼む序文も一見の価値が有ります。
とても興味深く、読み易い本ですが、寂寞たる読後感も伴う作品です。
本書が描かれて20年、取り上げられていたヨウスコウカワイルカは絶滅の可能性が非常に高く、文学界の貴重な希少種だった著者アダムスの死共々大変な喪失感を読者に与えます。
もし貴方が、アダムスのSFとBBCの動物ドキュメンタリーの片方、または双方がお好きな場合は文句無しの大推薦です。
そして作者の含羞に満ちた人類を決して宇宙で特別な存在とは見ない謙虚な姿勢共々、まるで「銀河~」の地球版続編と言うべきユーモアに満ち溢れて居ます。
もちろん、繊細で鋭い観察眼も健在で、動物ひいては彼らの生息地を脅かしている人類の問題が単なる揚げ足取りに終わらない気遣いのユーモアに塗しながらもしっかりと浮き上がる様に描かれている点も素晴らしいです。
実際、アダムスは本誌発表以降、有言実行の動物保護運動家として数多くのチャリティ活動を行っています。
徹底した無神論者で、容赦ない論客と言う印象が強いドーキンス博士が心より本書を推し、アダムスの不在を悼む序文も一見の価値が有ります。
とても興味深く、読み易い本ですが、寂寞たる読後感も伴う作品です。
本書が描かれて20年、取り上げられていたヨウスコウカワイルカは絶滅の可能性が非常に高く、文学界の貴重な希少種だった著者アダムスの死共々大変な喪失感を読者に与えます。
もし貴方が、アダムスのSFとBBCの動物ドキュメンタリーの片方、または双方がお好きな場合は文句無しの大推薦です。
2011年7月29日に日本でレビュー済み
言うまでもなく、絶滅は遥かな昔から起こっていることである。かつて地球上で栄華を誇った恐竜たちは今や見る影もないし、ネアンデルタール人とて同様である。人類が登場するずっと前から、動植物は現れては消えてきたのだ。しかし、問題なのは、その絶滅のスピードにある。先史時代以降に起こった絶滅の過半数は、この三百年に起こっているという。そしてこの三百年に起こった絶滅の過半数は、この五十年間に。そしてこの五十年間に起こった絶滅の過半数は、この十年間に起こっているのだ。
本書は、世界一珍しくて、世界一絶滅の危機に瀕している動物たちを、足掛け一年近くかけて地球の果てまで見に行ったネイチャー・ルポである。著者は、『銀河ヒッチハイク』などでおなじみのSF作家ダグラス・アダムス。彼は、動物学のどの字も知らない素人として、なにが起きてもいちいち度肝をぬかされるというミッションを背負わされて、生物学者のマーク・カーワディンとともに旅に出た。そのリアクション芸人ぶりと卓越した観察眼は見事なまでに両立しており、その面白さは序文でリチャード・ドーキンスが太鼓判を押しているほどだ。
絶滅の危機に瀕した動物の生き残りを保証する道は観光であるというのが、定説となりつつあるそうだ。慎重に管理・監視するためにというのが、その名目だ。しかし、その敵は自然の摂理ではない。動物たちが生息する森を破壊する者たちや、密漁者たち、つまり人間こそが彼らの敵となっているのである。人間が捕食者でもあり、保護者でもあるとは、なんという皮肉な光景であろうか。
もちろん、観光というのはベストな選択肢ではない。観光客のために、慣らしという行為が必要なるのだ。野生の群れに接触し、何カ月も、ときには何年も、毎日群れのところへ出かけて行って、人間がそばにいても気にしないように訓練をする。このようにして動物園のような環境におかれてしまった動物は、もはや野生の動物とはかけ離れたものになってしまうのだ。
しかし、本書で描かれている動物たちは、絶滅の危機に瀕しながらも野生の状態そのものである。そしてその白眉は、著者と動物との出会いの瞬間に凝縮される。
◆絶滅の危機に瀕している動物たちとの出会いの瞬間の描写
・アイアイ(マダガスカル島)
頭上数フィートの枝を伝って、ゆっくり移動しながら、降りしきる雨をすかしてこちらを見おろしていた。いったいこれはなんだろうと言いたげな、いわば静かな当惑の表情を浮かべて。
・コモドオオトカゲ(インドネシア・コモド島)
オオトカゲは、片方の目で関心なさげにわたしたちを眺めていた。こちらを向いているその目は、丸くて濃い茶色をしていた。こちらを見ている目を見ていると、なぜかひどく不安をかきたてられるものだ。こちらを見ている目がこちらの目とほとんど同じ大きさで、そのこちらを見ている目の持主がトカゲだったらなおさらだ。
・マウンテンゴリラ(ザイール)
山野でこんな生きものに初めて出くわしたときは、頭の中が高速で空転してまるで動けなくなってしまう。たしかに、こんな生きものはほかにいない。強烈な、めまいにも似たさまざまな感情が頭にのぼってくる。
・カカポ(ニュージーランド)
まるで聖母子像だった。その鳥は声も立てず、身じろぎもしなかった。こわがっているようには見えなかったが、それを言うなら周囲でなにが起きているのか、どくに気づいているようにも見えなかった。大きくて黒い表情のない目は、どこかあらぬ方をじっと見ているようだった。
なんとも神々しい描写である。ここに到達するまでのコメディタッチの珍道中とは、見事なまでのコントラストを織りなしている。そして、この瞬間にこそ、動物たちを絶滅させてはならない最大の理由が潜んでいるように思えるのだ。
野生の動物と見つめ合うことにより、日頃は理性で隠されている太古の魂のようなものを呼び起こされ、めまいにも似た感情を覚えたという。それは、三億五千万年前に共通の祖先をもっていたもの同士にしかわからない、本能的なものなのである。野生の環境でそれを呼び起こされた時に著者が感じたのは、長い間の経験を経て、人類が培ってきた進化は、本当に進化だったのだろうかということである。彼らが言語を獲得していないのではなくて、人類が、それを失っているのではないだろうかと。
人類は唯一の善悪を判断できる生物などではなく、あくまでも自然界における相対的なもの。それを教えてくれるのは、残り数少ない絶滅危惧に瀕した生きものたちなのである。だから著者の描く人間模様は、皮肉に満ち満ちた痛快なものとなる。
これだけ魅力的な内容が詰まっていれば、本書が絶滅の危機に瀕する可能性は当分なさそうで、ひと安心だ。なにせ三億五千万年後の生物にも、読ませたいくらいの名著なのである。
本書は、世界一珍しくて、世界一絶滅の危機に瀕している動物たちを、足掛け一年近くかけて地球の果てまで見に行ったネイチャー・ルポである。著者は、『銀河ヒッチハイク』などでおなじみのSF作家ダグラス・アダムス。彼は、動物学のどの字も知らない素人として、なにが起きてもいちいち度肝をぬかされるというミッションを背負わされて、生物学者のマーク・カーワディンとともに旅に出た。そのリアクション芸人ぶりと卓越した観察眼は見事なまでに両立しており、その面白さは序文でリチャード・ドーキンスが太鼓判を押しているほどだ。
絶滅の危機に瀕した動物の生き残りを保証する道は観光であるというのが、定説となりつつあるそうだ。慎重に管理・監視するためにというのが、その名目だ。しかし、その敵は自然の摂理ではない。動物たちが生息する森を破壊する者たちや、密漁者たち、つまり人間こそが彼らの敵となっているのである。人間が捕食者でもあり、保護者でもあるとは、なんという皮肉な光景であろうか。
もちろん、観光というのはベストな選択肢ではない。観光客のために、慣らしという行為が必要なるのだ。野生の群れに接触し、何カ月も、ときには何年も、毎日群れのところへ出かけて行って、人間がそばにいても気にしないように訓練をする。このようにして動物園のような環境におかれてしまった動物は、もはや野生の動物とはかけ離れたものになってしまうのだ。
しかし、本書で描かれている動物たちは、絶滅の危機に瀕しながらも野生の状態そのものである。そしてその白眉は、著者と動物との出会いの瞬間に凝縮される。
◆絶滅の危機に瀕している動物たちとの出会いの瞬間の描写
・アイアイ(マダガスカル島)
頭上数フィートの枝を伝って、ゆっくり移動しながら、降りしきる雨をすかしてこちらを見おろしていた。いったいこれはなんだろうと言いたげな、いわば静かな当惑の表情を浮かべて。
・コモドオオトカゲ(インドネシア・コモド島)
オオトカゲは、片方の目で関心なさげにわたしたちを眺めていた。こちらを向いているその目は、丸くて濃い茶色をしていた。こちらを見ている目を見ていると、なぜかひどく不安をかきたてられるものだ。こちらを見ている目がこちらの目とほとんど同じ大きさで、そのこちらを見ている目の持主がトカゲだったらなおさらだ。
・マウンテンゴリラ(ザイール)
山野でこんな生きものに初めて出くわしたときは、頭の中が高速で空転してまるで動けなくなってしまう。たしかに、こんな生きものはほかにいない。強烈な、めまいにも似たさまざまな感情が頭にのぼってくる。
・カカポ(ニュージーランド)
まるで聖母子像だった。その鳥は声も立てず、身じろぎもしなかった。こわがっているようには見えなかったが、それを言うなら周囲でなにが起きているのか、どくに気づいているようにも見えなかった。大きくて黒い表情のない目は、どこかあらぬ方をじっと見ているようだった。
なんとも神々しい描写である。ここに到達するまでのコメディタッチの珍道中とは、見事なまでのコントラストを織りなしている。そして、この瞬間にこそ、動物たちを絶滅させてはならない最大の理由が潜んでいるように思えるのだ。
野生の動物と見つめ合うことにより、日頃は理性で隠されている太古の魂のようなものを呼び起こされ、めまいにも似た感情を覚えたという。それは、三億五千万年前に共通の祖先をもっていたもの同士にしかわからない、本能的なものなのである。野生の環境でそれを呼び起こされた時に著者が感じたのは、長い間の経験を経て、人類が培ってきた進化は、本当に進化だったのだろうかということである。彼らが言語を獲得していないのではなくて、人類が、それを失っているのではないだろうかと。
人類は唯一の善悪を判断できる生物などではなく、あくまでも自然界における相対的なもの。それを教えてくれるのは、残り数少ない絶滅危惧に瀕した生きものたちなのである。だから著者の描く人間模様は、皮肉に満ち満ちた痛快なものとなる。
これだけ魅力的な内容が詰まっていれば、本書が絶滅の危機に瀕する可能性は当分なさそうで、ひと安心だ。なにせ三億五千万年後の生物にも、読ませたいくらいの名著なのである。