著者は、慶応義塾大学医学部産婦人科教授で、2007年から2011年まで日本産科婦人科学会理事長を務めた吉村泰典さん。
息子は15年前に都内で生まれたのだが、その時に比べると分娩施設が激減している。当時は助産院を選択できたが、今だったら諦めているかもしれない。それほど都内の分娩事情は悪化している。地方はさらに酷いだろう。
2004年、福島県立大野病院で前置胎盤・癒着胎盤という極めてまれな疾患で帝王切開を受けた女性が死亡した事故があった。2006年2月、執刀した産婦人科医が逮捕され、医療界に大きな衝撃を与えた。
「産科の専門医として第一線で臨床に携わっている30代半ばから40歳前後の若い医師たちの危機意識も相当なものだった」といい、吉村さんのもとには、「判決が近づくにつれてその数は日を追うごとに増え、ピーク時には400通にも達していた」(18ページ)という。
安全神話の一方訴訟が多く、当直勤務が多い(出産は24時間いつでも行われる)産婦人科は、若手医師から敬遠され、2004年に導入された初期臨床研修制度や福島県立大野病院の事件が契機となり、日本産科婦人科学会への新入会員数が年間138人まで減ってしまった。わが国の産科医療を維持するには年間500人以上が必要であるにもかかわらずだ。
吉村さんは、日本産科婦人科学会理事長としてさまざまな施策を打ち出し、新入会員数は500人まで戻したが、けっして楽観視はできないという。
吉村さんは、当直が多い産科医は「ワークシェアリングすることをもっと真剣に検討する時期にきていると思う」(73ページ)と語り、「電子カルテの利点の一つは、1人の患者さんにかかわる医師、看護師、助産師、薬剤師などが同じカルテに記載していることである。いつ、誰が、何をしたかという情報を全員で共有できる。こうした診療環境もワークシェアリング、チーム医療を後押しすることになるだろう」と指摘する。
生殖医学が専門の吉村さんは、「医学的にみると、妊娠・出産の適齢は25〜25歳」(95ページ)と指摘した上で、「私は、思春期にきちんと女性の体について教育をすることが重要だと考えている。コンドームの使い方とかセックスについてとかいう性教育はもちろん大事であるが、もっとも重要なことは自分自身、つまり、女性の体について知ることだと思う」(95ページ)と語る。
なぜなら、「私が診ている妊婦のなかにも、リスクをきちんと説明しても、自分の身に起こる可能性のあることだと理解してくれない人がいる」(96ページ)からだ。
学歴が高く社会的キャリアも積んできたはずなのに、自分の身体に対する理解はお寒い状況である。もちろん男性の無知にも問題がある。
吉村さんは、代理懐胎はやめるべきだと主張している。なぜなら、「周産期医療のレベルが世界トップの日本でさえ、1年間に60人くらいの母親が分娩時に死亡する。産婦人科医としてそうした分娩の危険性を他人に負わせていいのかという疑問がある」(119ページ)からだ。これは説得力がある。
産科医療の問題は、少子・高齢化問題とセットで考えなければならない。
高度経済成長期はもちろんのこと、バブル期以降も我々の生活水準は徐々に向上している。一方で急速な少子化がやってきた。
我々は、次世代に託すべき財産を食いつぶすことで、いまの生活を謳歌していないだろうか。とくに、いわゆる「勝ち組」と呼ばれる人たちは。
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商品の説明
著者について
慶應義塾大学医学部産婦人科教授。日本産科婦人科学会前理事長。1975年慶應義塾大学医学部卒業。
登録情報
- ASIN : B00DONC2TM
- 出版社 : KADOKAWA (2013/7/10)
- 発売日 : 2013/7/10
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 3569 KB
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