まずは、本書の帯のキャッチの素晴らしさをたたえよう。「日本人の夢も未来も、そこに行けば、並んでいた!」である。すごい!
本書の141頁には、近松秋江のエッセイ(1908)が、「三越呉服店の黄金世界」とか、「なるほど、これでは婦女子をして狂せしむる筈だ」とか書いているが、帯のキャッチにはかなわない?
さて、三越呉服店は、1673年創業の三井呉服店が、1904年12月6日に三井家の事業内容から外れ、株式会社三越呉服店となって、三井家重役(日比翁助)が経営を引き継ぐ形で設立された。12月20日に挨拶状が取引先に送られ、21日に三越呉服店としての営業が開始された。
挨拶状には「米国に行はるるデパートメント、ストアの一部を実現」と書かれていたことから、「デパートメントストア宣言」と呼ばれており、この宣言の時から、三越呉服店のデパート化が始まったと考えられる。三越呉服店の開店の年は日露戦争開始の年である。
また、本書の記述はその10年後の1914年に終わっている。この年は鉄筋五階建てで、最新式のエレベーター、エスカレーター、暖房装置、気力金銭運送機を導入した三越呉服店新館が落成し、三越呉服店のデパート化がひとまず完了した年である。この新館のオープンの約2カ月前に第一次世界大戦が始まっている。
概略(正確には、目次本文をご覧ください)
序章 デパートメント宣言
第一章 極東の帝国とデパートへの道
1三越呉服店誕生1904、ショーケース、女性店員採用。2日露戦争とナショナリズム。3三越の凱旋門。4日英同盟歓迎、陸軍凱旋絵葉書。5列強の皇族高官軍人の三越訪問。6韓太子訪問、台湾蕃人の訪問。
第二章 西洋視察と流行会の役割
7米国国務大臣三越訪問、取締役の欧米デパート訪問。三越はロンドンのハロッズを目標。8シベリア鉄道でのヨーロッパ商品の買い付け。9三越が文化人の「流行会」を組織する1905。会員は巌谷小波、久保田米斎、幸田露伴、石橋思案、内田魯庵、岡本綺堂、黒田清輝、井上剣花坊、新渡戸稲造、坪井正五郎、大田中花等文化人+三越社員で計70人。3年後森鴎外。意見交換➡️新商品考案➡️会員発表➡️講演会➡️公開講演会。江戸趣味の研究。10童話作家巌谷小波が流行会をリード、その後が久保田米斎が活躍。巌谷小波のベルリン留学と白人会(素人俳句会)、久保田米斎のパリ留学と巴会(同)。11新渡戸稲造がアメリカ体験を講演。坪井正五郎が新しい玩具を考案するも、ペテルブルクで客死。12帝国劇場開場1911、内装衣装は三越。帝劇と三越の協力関係。
第三章 デパートが文化を編成する。
13東京勧業博覧会1907、イルミネーションの魔術。大阪支店開店でもイルミネーション。「三越呉服店見物案内」の八景は①空中庵の幽邃、②空中庭園の眺望、③寄切室の雑沓、④休憩室のピアノ、⑤陳列窓の艶麗、⑥夜のイルミネーション、⑦小間物売場の花錦、⑧食堂の清楚であった。14三井呉服店を受け継いだ土蔵造り二階建ての三越呉服店の店舗(1908年まで)、その平面図である「陳列場ご案内図」、商品の中心は呉服、太物。入口近くに洋品、化粧品など。森鴎外の詩「三越」、ショーウィンドウ、休憩室、食堂、茶室空中庵、貴賓の訪問。15頭の上から足先まで、各部品を揃える商店がデパート。1906年に洋服部開設、イギリス製。1907年から店内すぐ左に洋傘売場、貴婦人が使用。同じ場所にステッキ売場。化粧品売場には欧米最新流行品。帽子の最新流行はパナマ帽。1907年10月から靴部。三越は東京養育院の孤児を雇用し、店前で靴磨きをさせる。16二階の応接間(休憩室)でピアノ演奏。休憩室はお見合いの場にも使われる。1907年4月から食堂開設。テーブルに白いテーブルクロス。ウェイトレスは和服に白いエプロン。17ルネッサンス式三階建ての三越呉服店仮営業所が1908年4月にオープン(本格的なデパートを造る前に建てた仮デパートで、仮といっても本格的)。都市景観が欧米風に一変。仮営業所新築記念絵葉書。18まだ自分で写真を撮る時代ではない。三越写真部。一時間でできる写真。天然色写真。その後一分でできる写真。19三越少年音楽隊の活躍。20三越交換手、電話による注文受け付け。自動車による配達、メッセンジャーボーイ。
第四章 モードの発信地・・・略。
第五章 日本近代の「児童」と「新しい女」
以下一部だけ。30店員の福利厚生。寄宿舎。女性店員採用と管理。三越が鎌倉で行った大慰労会(第1回1909年、第2回1910年、第3回1911年)31国木田独歩の未亡人(子供4人)である国木田治子の三越就職。ロンドンでのフェミニズムの波が日本到来し、「青鞜」が発刊。国木田治子も賛助会員。
終章 「東洋一」のデパート竣工とライオン像
1914年10月1日5階建ての三越呉服店本店新館がオープン。
私的感想
〇楽しかった。「日本人の夢も未来も、そこに行けば、並んでいた!」三越呉服店(デパート)1904ー1914の全面展開に夢中になってしまった。
〇むろん、本書の建前はほかにある。副題に「帝国のデパートと近代化の夢」、帯には「三越の草創期の歩みは日露戦争に勝利した〈帝国日本〉の軌跡に重なる・・」と書かれており、これがテーマということになるのだろう。確かに、本書の中にはこういうことが書かれており、(第一章極東の帝国とデパートへの道の各節)。こういうテーマは研究テーマとして、または本を出す建前として重要とは思う。
〇しかし、一読者として、本書の最大の魅力はそこよりも、百年以上前の東京に存在した夢と憧れの場所を、その細部を描くことにより再現している点にあると思う・・私はそう思う。それで十分。
〇写真は多いとは言えないが、貴重なものが選ばれている。図説ではなく、文章による理解を求める本なので、これでよいと思う。
〇著者の文章はちょっと癖があるが(ぴしぴしという感じでなく、ヌーッという感じなので、ゆっくり読まないと分かりにくい)、慣れてくると心地良くなってくる。また、項目ごとの経時的な叙述になっているので、項目が変わると年が戻ったり、同じ項目の中でも年がもどったりする。しかし、所詮は約10年の間の出来事であり、年は小まめに記載(たとえば、1906年に洋服部開設)されているので、とくに支障はないと思う。
私的結論
ある種の読者をして、狂せしむる本である。
蛇足
上記の、三越が鎌倉で行った大慰労会(運動会等、第1回1909年、第2回1910年、第3回1911年)についての写真入りの貴重な文献として、三越呉服店編『鎌倉と三越』(1922年)があり、高価な「コレクションモダン都市文化シリーズ」(監修者和田博文、全100冊)の一冊の中に復刻収録された。問題は、『鎌倉と三越』は海水浴とは無関係な本なのに、『鎌倉と海水浴』と題する巻に収録されたことである。『鎌倉と三越』は大部な本で『鎌倉と海水浴』の巻595頁の内の403頁分を占拠してしまっている。このため、本来の貴重な戦前鎌倉海水浴の写真入り本、パンフは縮刷された上、81頁分の空間に押し込められてしまっている。もし、戦前鎌倉水着海水浴には熱烈な関心があっても、三越呉服店の慰労運動会には何の関心のない人がこの高価な本を買ってしまうとどうなるか・・・まあ、貴重この上ない81頁分に満足しましょう。何分、相手が三越呉服店だから。
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三越 誕生!: 帝国のデパートと近代化の夢 (筑摩選書 183) 単行本 – 2020/1/14
和田 博文
(著)
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1904年、呉服店からデパートへ転身した三越は近代日本を映し出す鏡でもあった。生活を変え、流行を発信する文化装置としての三越を貴重な図版と共にたどる。
- 本の長さ272ページ
- 言語日本語
- 出版社筑摩書房
- 発売日2020/1/14
- 寸法13.3 x 2 x 18.9 cm
- ISBN-104480016880
- ISBN-13978-4480016881
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登録情報
- 出版社 : 筑摩書房 (2020/1/14)
- 発売日 : 2020/1/14
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 272ページ
- ISBN-10 : 4480016880
- ISBN-13 : 978-4480016881
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