このMETの新演出の初日舞台は当初ゲオルギュー・アラーニャ(元)夫婦の出演予定だったが、この二人の離婚協議が始まって(結局2013年に離婚)、アラーニャ出演日のカルメンは同時期にモーツァルトのコジ・ファン・トゥッテに出演予定だったガランチャに交替、ゲオルギューはカウフマンがホセを歌う2公演のみに出演した。ガランチャがメットでカルメンを歌うのはこれが初めてだが、この公演の数ヶ月前にローマ(?)でアラーニャとカルメンを歌っていたそうでこのトラブルは結果オーライだと言えそうだ。
ガランチャはモーツァルトやヴィヴァルディの印象が強かったが、近年は少しずつ役柄を広げている。歌い方にゲオルギューのような癖がなく音楽的で、しかし奔放な役作りで十分にカルメンらしい。HD画質のビジュアルが映えるカルメンだ。アラーニャの歌はイタリア物だとドミンゴのような力強さの不足を私はいつも感じてしまうのだが、フランス物はアラーニャにとってお国物で堂に入った歌いぶりだ。ちなみに花のアリアの最後はファルセットで歌っている。彼の役作りにはこの方が合っていると思う。バルツァ・カレーラス以来の名コンビと言って良いのではないのだろうか。これがMET初出演だったセガンの指揮も好演。これでエスカミーリョがさらに男っぽかったら文句ないのだが。
メット初演出のエアの色彩的な演出は自然で違和感がない。最近は珍しくなった回り舞台で、私はポネル演出のセヴィリヤの理髪師の舞台(1981年のスカラ座の来日公演が懐かしい!)を思い出した。現時点で映像で見られる最良のカルメンだろう。世界のブルーレイ市場からは完全に取り残されてしまった日本だが、この映像はユニバーサルミュージックジャパンが国内盤を出してくれたことを喜びたい。METのライブビューイングでも上映されたのでそちらをご覧になった方もいらっしゃるだろう。METはマルゲーヌとアラーニャによる2019年の再演時の映像もライブビューイングで配信しており、ライブビューイングの世界的な配信網をフル活用した映像の量産能力には驚かざるを得ない。
21世紀に入りザルツブルグ音楽祭を始め欧州のオペラ演出では現代に読み替えた奇抜な演出が普通になったが、METではあまり前衛的な演出は好まれない。これはMETの客層が比較的オペラ初心者である観光客の比率が高いためとも言われるが、観光客の比率が高いのはザルツブルグもウィーンも一緒だ。欧州よりも米国の方が古き良き時代を伝えているのはまるで南北戦争時代の南部のようだ。かつてドミンゴが1988年にMETのメンバーとして来日した時、「METはドミンゴのホームグラウンドでなく客演なのになぜMETのメンバーとして来日するのだろう」という違和感を私は感じたものだが、これからは安心してオペラを見るには欧州でなくMETに行かなくなるのかもしれない。METライブビューイングの映像はMetOnDemandでも見ることができ、このペースだとMetOnDemandが世界のオペラアーカイブとなる日も近いだろう。
ただ2000年代以降のMETの映像によくある特有のカメラを移動しながら撮影するミュージカル風のカメラワークは私は好きではない。それと幕間の歌手インタビューは鑑賞の妨げだと思う。本番の最中にインタビューされることを好まない歌手も多いだろうに。確かMETのゲルプ総監督は「ライバルは欧州ではなくてブロードウェイ」というような主旨のことを言っていたと記憶しているが、これはちょっとエンタテインメント化し過ぎではないか。歌手のインタビューや舞台裏の映像を幕間に流したいのであれば本番前に撮影してほしい。そう言えばフレー二のMETのフェドーラの映像にフレー二が幕間で表彰されるシーンが映っているが、「まだ次の幕があるので」と言って挨拶もそこそこに袖に戻ったことを思い出した。逆に終演後のカーテンコールの歌手の表情はエンドロールのクレジットをかぶせずにしっかり見せて欲しかった。