『ザ・ベストテン』という番組に何がしかの思い入れのある人間にとっては、間違いなく面白い本だと思う。三原氏のインタビューも興味深いし、当時のセットや模型の写真、図面やスケッチなども贅沢に収められている。本としての装丁にも文句はない。
以上の点を確認したうえで、しかし、テレビ美術研究会が本書をまとめた意図という観点から見ると、いろいろ疑問も湧いてくる。
と言うより、もし本書が単に『ザ・ベストテン』の美術における三原氏の仕事を回顧するだけの内容であったなら、書店でパラパラとページをめくって、こういう本が出たという事実だけを頭にインプットして棚に戻していただろうと思うのだが、こうして購入して読んでみたのは、編者となった研究会に社会学畑を柱にそれなりの研究者たちが名を連ね、巻末文献ガイドでは米倉律がテレビ美術研究の貧困を嘆いたうえで、本書が今後の研究の「必読の文献」(p417)となるだろうとの自負を語っていたりもしたからであるにも関わらず、その踏み込み方に満足がいかなかった、というわけだ。
米倉はL・スピーゲルの研究を挙げて米テレビ業界とモダンアートや商業デザインの世界との結びつきに言及しているが、もう少し内容にまで踏み込んで紹介されているのは、ほとんどニュースショウの定番セットに関する分析だ(p412)。しかし本書で紹介される『ザ・ベストテン』における三原氏の仕事の最大の特質は、氏自身が十分に意識しているように「生本番で消えていくもん」(p352)というところにあったわけで、この文献リストそのものが本書を完全に取り逃がしていると私は思う。そして私の考えでは、この「ナマ」性こそがテレビの核心なのだが、だとすれば米倉はテレビそのものを取り逃がしていると言えるだろう。
そしてもう一つ、本書の中で三原氏は重要なことを指摘していて、それは「『ベストテン』のような美術は今の音楽番組には継承されていない」(p362)という点だ。この言葉にインタビュアーは「それはやはり経済的な問題が大きいのでしょうか?」と問い、三原氏は「そうでしょうね」と受けたうえで、しかしさらに「みんなお金のせいにして、ちょっと手を抜いているんじゃないかなあ」と苦言を呈している。そして何と、『ザ・ベストテン』をテーマとしたこのテレビ美術の研究書(?)において、この問題に関する考察は、ここで引用したわずか数行を除いてほぼ存在しない。
『ベストテン』の美術が継承されなかったという問題は、三原氏の言うような単なる「手抜き」に帰せられるものではなく、メディア史的な考察を必要とするものだ。例えば本書では日本レコード大賞や東京音楽祭における三原氏の仕事にも賛嘆を込めた言及があるが、しかし東京音楽祭はどうなり、日本レコード大賞は現在どうなっているのか? ここで詳細に踏み込むことはできないが、そこにはPCの介在による音楽や映像の流通の変化はもちろんにしても、おそらくそれ以前に、いわゆる「68年革命」に象徴されるような社会の変化が関わっているはずだと、私は考える。
『ベストテン』には、さまざまな終わりと始まりが混在している。「歌謡界の序列」を無視しえたのは、その行き詰まりの兆候があったからに違いない。そして採用されたファン投票を加味するランキング方式は、言うまでもなく本書の帯に言葉を寄せている彼がプロデュースするあのシステムにつながっている。三原氏の美術もまた、舞台から映画へと展開し、加速してきたものの、ある種の臨界、あるいは消失点に位置づけられるべきではないか。現在、PCやスマホで楽しむ映像に、あのような美術は贅沢すぎるだろう。しかしそれはお金の問題ではなく、また手間の問題でもない。むしろ現在は、『ベストテン』で歌手を迎え入れた「応接セット」にこそあるのだ、おそらく。
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『ザ・ベストテン』の作り方 単行本 – 2012/11/28
1978年~1989年に放映された音楽番組『ザ・ベストテン』。最高視聴率41.9%を誇り、番組を見ないと翌日の話題についていけないほどの人気だった。
これまで『ザ・ベストテン』と言えば、「追いかけます。お出かけまでならばどこまでも」で有名な生中継の魅力が多く語られてきた。
しかし、歌手と作詞家と作曲家がしのぎを削りながら歌謡曲を輝かせていたあの時代、『ザ・ベストテン』はスタジオに来る歌手たちのために、素晴らしい美術セットを作り出していた。
知られざる『ザ・ベストテン』の裏側を、貴重な写真満載で振り返る。
これまで『ザ・ベストテン』と言えば、「追いかけます。お出かけまでならばどこまでも」で有名な生中継の魅力が多く語られてきた。
しかし、歌手と作詞家と作曲家がしのぎを削りながら歌謡曲を輝かせていたあの時代、『ザ・ベストテン』はスタジオに来る歌手たちのために、素晴らしい美術セットを作り出していた。
知られざる『ザ・ベストテン』の裏側を、貴重な写真満載で振り返る。
- 本の長さ456ページ
- 言語日本語
- 出版社双葉社
- 発売日2012/11/28
- ISBN-104575304808
- ISBN-13978-4575304800
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商品の説明
著者について
1937年生まれ。東京芸術大学美術学部工芸科図案計画卒業後、1961年に東京放送(現・TBS)に初めて美術デザイナーとして新卒入社。『ザ・ベストテン』を初回から10年間担当したほか、『輝く! 日本レコード大賞』『東京音楽祭』などの音楽番組や、『報道特集』『はなまるマーケット』などの美術も手がけた。優れたテレビ美術デザインに贈られる「伊藤熹朔賞」本賞を74年、85年に二度にわたり受賞。95年に美術センター理事となり、97年にTBS退職。2000年から2011年までテレビ日本美術協会理事長を務め、現在は顧問。名古屋芸術大学音楽学部客員教授。
登録情報
- 出版社 : 双葉社 (2012/11/28)
- 発売日 : 2012/11/28
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 456ページ
- ISBN-10 : 4575304808
- ISBN-13 : 978-4575304800
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,084,912位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 131位TBS・毎日放送系の本
- カスタマーレビュー:
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