未知との遭遇 40周年アニバーサリー・エディション スチールブック仕様(初回生産限定) [Steelbook] [Blu-ray]
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フォーマット | 色, ドルビー, 限定版 |
コントリビュータ | リチャード・ドレイファス, スティーヴン・スピルバーグ, テリー・ガー, フランソワ・トリュフォー |
言語 | 英語, 日本語 |
稼働時間 | 6 時間 44 分 |
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商品の説明
ファーストコンタクトSFの金字塔にしてスピルバーグ監督の原点。
公開40周年記念アニバーサリー・エディション。
<ストーリー>
インディアナポリスで続発する謎の停電事故。
調査のため派遣されたロイは、そこで信じられないような出来事を目撃する。
だが、彼の驚くべき体験を誰も信じようとはせず、調査は政治的圧力によって妨害されてしまう。
しかしロイは何かに導かれるように、真実の探求を始めた。
そして彼が辿り着いた場所とは…。
<キャスト>
ロイ:リチャード・ドレイファス(入江崇志)
ラコーム:フランソワ・トリュフォー(井上倫宏)
ロニー:テリー・ガー(百々麻子)
【本編ディスク】(3バージョン収録)
オリジナル劇場版 (約135分)
特別編 (約132分)
ファイナル・カット版 (約137分)
<映像特典>
●バージョン比較解説
【特典ディスク】(約206分)
★監督たちが語る『未知との遭遇』
★スピルバーグのホームビデオ
●スティーヴン・スピルバーグ:30年前を振り返って
●メイキング・オブ・『未知との遭遇』
●空を舞台に
●未公開シーン集 (9種)
●ストーリーボードと完成シーンの比較 (5種)
●スティル・ギャラリー (8種)
●「オリジナル劇場版」予告編
●「特別編」予告編
★・・・新規追加収録
<ポイント>
◆ファーストコンタクトSFの金字塔、スティーヴン・スピルバーグ監督作40周年記念エディション!
(1977年11月全米公開/1978年2月日本公開)
◆話題のSF大作『メッセージ』と同時発売!
◆本編3バージョン(135分オリジナル劇場版/132分特別編/137分ファイナル・カット版)をすべて収録。
バージョン別の違いを画面上に表示する解説トラックが選択可能。
◆新規特典映像約26分を収録!
ドゥニ・ヴィルヌーヴ(『メッセージ』)、J・J・エイブラムス(『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』)らが『未知との遭遇』の影響を語るインタビューと、
スピルバーグ自身の撮影による舞台裏映像「スピルバーグのホームビデオ」。
※ジャケット写真、商品仕様、映像特典などは予告なく変更となる場合がございますのでご了承ください。
© 1977, renewed 2005, © 1980, 1998 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
「SF新世代! 抽選で近未来感あふれる豪華賞品を当てよう! キャンペーン」対象商品
応募受付期間: 2017年10月18日~2018年5月31日
キャンペーン概要:
ソニー・ピクチャーズの新作SF映画を2点購入して応募すると、抽選でソニーの人気製品等をプレゼント!
対象商品など、詳しくはキャンペーンサイト(sf-shinsedai.jp)をご覧ください。
登録情報
- メーカーにより製造中止になりました : いいえ
- 言語 : 英語, 日本語
- 製品サイズ : 25 x 2.2 x 18 cm; 180 g
- EAN : 4547462113528
- 監督 : スティーヴン・スピルバーグ
- メディア形式 : 色, ドルビー, 限定版
- 時間 : 6 時間 44 分
- 発売日 : 2017/10/18
- 出演 : リチャード・ドレイファス, フランソワ・トリュフォー, テリー・ガー
- 字幕: : 日本語, 英語
- 言語 : 日本語 (Dolby Digital 5.1), 英語 (Dolby Digital 5.1)
- 販売元 : ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
- ASIN : B073X1C2TY
- ディスク枚数 : 2
- Amazon 売れ筋ランキング: - 153,865位DVD (DVDの売れ筋ランキングを見る)
- - 2,871位外国のSF映画
- - 10,318位ブルーレイ 外国映画
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上位レビュー、対象国: 日本
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何でこの素晴らしい出来事が理解できないんだ!俗物め!
と。
大人になった今改めて観ると
「あんたはよくやった!姉の実家で存分に休め!」
と同情心ばかり湧いてくる。
UFO公聴会なんてもんにまで引っ張り出されて。
脱線してビッグフットの話をするオッサンに心開いている描写、
あれは
「ネジが飛んでる旦那よりこういう男が好き」
という浅ましさの描写だと思うが至極当然の感情である。
人として何も間違っていない。
そんなこんなで人間関係ばかりに目が向いてしまうのも
「宇宙人と友達になったからどうだというんだ」
という物の見方が身についてしまったからに違いない。
悲しい大人になっちまったという事を実感した久々の再視聴だった。
宇宙作品と云うとエイリアンやプレデター、スターウォーズなどを連想しがちですがこの作品は、未知の宇宙に存在する成体へ人間がコンタクトをいかに取っていくかを描いています。
主役のリチャードドレファスはジョーズで有名ですが昔、ジョージルーカスのアメリカングラフティにも出演しており、アポロ13やダビンチコードの監督をしているロンハワードも出ています。
最初のシーンからドレファスは少し異常な感覚の人、取り憑かれた様に描がかれています。
自宅にタワーを連想して泥の山を作り上げるシーン
何も家の中でと思いますがスピルバーグには子供の泥遊び=純粋な心を持った者が未知とのコンタクトを持てるとのメッセージかと思いました。
見終わった後、また見たくなる作品です。
作品は、30.40周年バージョンや特別編など色々出ています。
違いはネットで検索してもらうと分かりやすいかと思います。
後々スピルバーグ自身が「余りにも稚拙なストーリーだった」と吐露していたのを読んだ時には、どんな映画なんだろうかと不思議に思う程度だったが、しっかり観た後に感じるのはえげつない子供っぽさ。
これは後悔してなきゃおかしいというレベルの行動でした。
何があるってストーリーでもないんですが、ここまで惹きつけらえるのは流石です。
独特の神秘的雰囲気や、シチュエーション、コレが現実だったら多くの人たちの
行動やセリフが、多分こんな感じになるんだろうなぁって感じするナチュラルな
展開です。
派手なシーンが全然無くても超名作になれると示した様な、伝説的映画です‼️
劇場公開3バージョンを収録し、マザーシップ内部の壮大な特撮やエンディングの「星に願いを」にも再会出来て嬉しかったんですが、吹替はソフト版のみで、個人的に最も完成度の高い吹替版であると信じる、1982年日曜洋画劇場吹替版(樋浦勉版)未収録なのが「画竜点睛を欠く」でした。
1980年代の吹替は国内テレビ創成期からの実力派声優陣が現役だった時代で、程よく意訳した日本語と相まって何とも心地よく作品世界に没入させてくれます。
2024年元旦に東京MXで放送されたバージョンは正にそれだったので、音源としては現存しているのですが、如何せんカットされてしまったシーンが多く何とも残念でした。何処かでこの吹替を収録したバージョンもリリースして頂けると嬉しいです。
出演∶リチャード・ドレイファス、フランソワ・トリュフォー、テリー・ガー、メリンダ・ディロン、ボブ・バラバン、ケイリー・ガフィー、ランス・ヘンリクセン、ショーン・ビショップ、ジャスティン・ドレイファス、メリル・コナリー、J・パトリック・マクナマラ、ウォーレン・J・ケマーリング、ジョージ・ディセンゾ、メアリー・ギャフリー、ロバーツ・ブロッサム、カール・ウェザース
監督:スティーヴン・スピルバーグ
1977年は、それまでB級映画や子供向き映画と見なされるものが多かったSF映画に一大革命が起きた年だ。『スター·ウォーズ(S·W)(第1作)』と『未知との遭遇』が全米で公開され、(特撮技術·内容ともに)SF映画のレベルを飛躍的にUPさせ記録的大ヒット。以後、"SF超大作"は、ハリウッド娯楽映画の目玉ジャンルとなる。
『宇宙水爆戦』('55)、『禁断の惑星』('56)など有名SF映画や『アルゴ探検隊の大冒険』('63)、『恐竜100万年』('66)など特撮映画の傑作もずいぶん見てきたが、『S·W』『未知との遭遇』の特撮のレベルの高さとストーリーの面白さは、完全に次元が違ってました。『S·W』冒頭の巨大宇宙戦艦の出現シーンと『未知との遭遇』クライマックスのマザーシップには、ド肝を抜かれたものです。(特に、キャパ1000人規模の大劇場の大画面·重低音で先に見たマザーシップは……)
それ以前にも『2001年宇宙の旅』('68)という"異次元作"はあったが、(自分が)子供時代の作品なので未見でした。急激にレベルアップした特撮技術を駆使し、莫大な製作費をつぎ込んだSF映画がハリウッド大作の主流となっていったのです。漫画原作で、すでにTV実写ドラマになっていた『スーパーマン』や『バットマン』も大作映画シリーズ化された。
その他にも『バック·トゥ·ザ·フューチャー』『トランスフォーマー』『アベンジャーズ』など子供から大人まで楽しめるファミリー向けヒット·シリーズが続々と登場する。その後も『アバター』『インターステラー』など、別次元のレベルのエポック·メイキングな作品も続く。無声映画時代から続くハリウッド映画に新しいドル箱ジャンルを生み出したことで、『未知との遭遇』と『S·W』の2本は特筆すべき不滅の金字塔だと思う。
[物語] バミューダトライアングルで第二次世界大戦中、行方不明になった戦闘機群が、当時のままの姿で忽然と砂漠に出現する。フランス人UFO学者ラコーム(トリュフォー)を代表とする調査隊が乗り出し、戦闘機などの型番から本物と断定され、本格的に調査に着手することに。アメリカでは、まばゆい光を放つ謎の飛行物体が目撃され、大停電が発生する。
発電所の職員ニアリー(ドレイファス)は、夜のハイウェイでUFOと遭遇する。その目撃体験以来、謎の物体のことと、一つの"山"のイメージが彼の脳裏から離れず、憑かれたようにUFOの情報を集め出す。一方、UFO遭遇現場でニアリーと知り合ったジリアン(ディロン)と幼い息子バリー(ガフィー)の家にUFOが飛来し、バリーが連れ去られる事件が発生。ニアリーやジリアンの他、UFOと遭遇した人々やマスコミが集められ、政府による公聴会も開かれる。
ニアリーの奇行はエスカレートし、脳内のイメージの山を泥土で室内に作り出す。呆れた妻子は家を出てしまう。ジリアンもまた、脳内の"山"のイメージに悩まされていた。その頃、ラコームら調査団は異星人からと思しき通信が表す数字の羅列から、ワイオミング州にあるデヴィルスタワーという山の座標を割り出す。政府は異星人との接触を目論み、その周辺地域から一般人を排除するため、有毒ガス発生のニセ情報で、住民を全員避難させる。
"有毒ガス"のニュースで"山"の画像を見たニアリーとジリアンは、デヴィルスタワーこそが、自分たちが求める"山"であると確信する。二人は、自分たちの脳内に植え付けられたメッセージの意味を求め、また攫われたバリーの行方を探し求めてデヴィルスタワーを目指すのだった。ラコームもまた、何かに導かれて全国各地からデヴィルスタワーを目指す人々がいることに気づく。果たして、ニアリーやジリアンをそこで待つものは……!?
'70年代は『エクソシスト』『オーメン』によって、"オカルト"が、そして『S·W』『未知との遭遇』によって"SF"が、それまでお手軽に作られることの多かったB級ジャンルから脱却して、メジャーのお宝路線になったのだ。当時のことで覚えているのは、日本公開がこんなに待ち遠しい映画はなかったこと。本国ではどちらも'77年の公開だったが、日本では両方とも'78年の封切りでした。(予告編は'77年からイヤと言うほど見せられましたけどね(笑))
これ以降はCG技術などの導入で、さらに特撮は発展する。今『未知との遭遇』をBlu-rayの画像で見ると、合成の境目とかが見えてしまったりするのだが、初めて劇場で巨大なシャンデリアのようなマザーシップを見た時の衝撃は決して忘れられないでしょう。
[余談] 今回見たBlu-rayには、オリジナル劇場版、特別編、ファイナル·カット版の3つのバージョンが収録されている。劇場版は初見の時以来だったが、『ロッキー』のアポロ役で知られるカール·ウェザースが、主人公を検問で止める軍のMPの役で出ていたのをすっかり忘れていました。あとの2つのバージョンではカットされてたんですね。(出てないバージョンでも、エンドロールには名前が載ってたようですが……)
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Countered to this inbred "fear" is also the capacity to engage in wonder. Human beings are also infinitely curious, and our curiosity stems from a child-like desire of wanting to know, to understand, and even to touch that which may be different. Fear and wonder are very incompatible bedfellows which reside in each of us. It is a constant challenge for the human race to decide which emotion will have its say in terms of behavior: wonder or fear. Fear is about anger, stereotypes, barriers, burning bridges, and making war. Wonder is about happiness, trust, letting go, being curious, and being vulnerable; it may be ultimately linked to those emotions associated with love. In the brilliant SF film "Close Encounters of the Third Kind", Spielberg and co. explore how these two opposing views clash in the midst of our "third" encounter with aliens from outer space.
Early on, the story draws the divisions between those characters driven by fear as opposed to those who are willing to throw off fear in favor of wonder. Claude Lacombe (Francois Truffaut) and David Laughlin (Bob Balaban) are the two investigators who are led around the world by the series of inter-connected coincidences which lead them to believe something extra-terrestrial is going on. They are in the wonder department. And so is Roy Neary (Richard Dreyfuss), a mid-west suburbanite who has an amazing "encounter", as well as a little boy, Barry, in the same geographical region who is enthralled with the coming of the aliens.
The US military, Roy's wife Ronnie Nearie (Teri Garr) and their family, and at first Jillian (Melinda Dillon), the mother of the little boy, belong in the fear department. In a simultaneously poignant and revealing scene, when the aliens come to visit the little boy's house one night, his mother shuts all the doors. Then suddenly, Barry opens one of the doors revealing a splendor of light and magic spilling from beyond. Jillian runs to the door and quickly closes it. She will not forsake her child's safety for Barry's wonder and curiosity. Over and over, Barry displays a kind of innocent curiosity for the encounter while his mother can only react in fear. Lacking the fear of his mother, Barry eventually leaves the safety of his mother and joins the aliens.
Ronnie Neary not only can't understand Roy's mood-swing from his encounter, she doesn't want to know anything about it. Something has been planted in Roy's mind, presumably by the aliens during his encounter, and he can't reconcile the image and its meaning. But Ronnie only fears what she doesn't understand. Roy doesn't do himself any favors when he turns his family upside down, but neither does his family attempt to find out what's troubling him. Fear becomes her dominating emotion while Roy is desperate to understand. The US military acts similarly to Ronnie as they want no outside interference in regards to the alien encounters, and continually deny the presence of these encounters.
Ultimately, by film's end, we learn that all the fears of the characters have been unfounded, a delusion on their part. All consternation and trouble, which are usually required for a story to be compelling, were human-created and not of alien origin. The encounters were designed out of benevolence, not hostility. Only one character, that of Barry's mother, realizes her error and changes from one who is at first fearful to someone who is willing to embrace wonder.
I believe fear rarely serves the human race. Certainly, fear has its place if a rhino is charging at you in the jungle. But if all human behavior is dictated by fear rather than a child-like wonder, we will miss out on some of the best of human experience, which I think may be Spielberg's point. The encounters and the close encounter of the third kind are only possible when human beings tear down the walls, throw down the barriers, and build bridges to the unknown. Certainly the unknown may be filled with snakes. But it could be filled with treasure also. The child risks falling by walking on two legs. Maybe adults should learn to do the same. Are we going to be a species who continually hides under the bed in the face of the unknown, or are we going to be the little boy who opens the door into the world of unknown wonders?
