のっそりという渾名で呼ばれ、嗤われている十兵衛。五重塔の建造の噂を聞きつけ、親方である源太郎を対岸としてまでも、施主である郎円上人を訪れ、思いの丈を吐露して直談判する。この思い、熱いもので上人は考えた果てに、十兵衛と源太郎の両人の話し合いによる決に任すとする。この時に、両人を翻弄する説話を一つ話て聞かせるのである。腕はピカイチだが、長屋の羽目板の繕い仕事などばかりさせられている十兵衛。嗤われものに甘んじていた日々であるが、胸のうちではやはり苦を苦と感じ、顔で笑って腹で泣いていたのである。この時点で十兵衛に肩入れしたくなるのが読者の人情。しかし面白いことに、対する親方の源太郎がすこぶる人間の出来た好い漢。十兵衛の聞き分けのなさに憤怒を露わにしながらも、自戒する姿はまさに親分肌。しかし、十兵衛のそれはただの我儘ばかりでもないと思われる。ここぞと決めて上人に訴え、それゆえにやるかやらぬかは白か黒かしかなく、中途半端に折衷した仕事は端から十兵衛には意味がない。完全なる自分の作品を職人として作り上げたかったのだろう。また、それまではその腕はおろか尊厳までもを抑圧されてきたのも事実である。職人の矜持、芸術家の矜持だろうと思う。十兵衛に魔性を見出して語られるが、これはそういった芸術へ無心で陥没してゆく狂気の比喩であろう。
いつの世も引っ込み思案や不器用を嗤いたがく小器用がいるが、そればかりが真理ではない実態を掬い取り、同時にその対岸の人も善人であり、とりなす上人も尚善人であるという、なんとも美しい小品。
文語体で語られるため、読みづらいという人も多いと思うが、慣れれば小気味よく進みはじめる。文語体はある種の簡素さがあるが、その簡素が翻って現代文を凌ぐ艶めかしい情緒を醸す。またこの時代の比喩の広大さと自由度に目をみはるものがある。
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