ノンデュアリテイの解説としては、3本の指に入る程の本だと言える。
翻訳もいい。
オススメ!
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つかめないもの (覚醒ブックス) Kindle版
読んでいるといつの間にかノンデュアリティ(非二元)がわかる本!
わかりやすく読みやすいです。
アメリカ在住の女性のノンデュアリティ・ティーチャーの本。
「現実そのもの(起こっているそのままの経験)は、考えによってはつかむことができず、それと同時にまったく明白だということがわかるでしょうか?」
「つかむものがなければ、何かをつかめる人もいない。」
--------------------------------------------------------------------------------
この本の目的は、疑問に対して答えを差し出すことではありません。
むしろこの本が目指しているのは、こうした疑問の土台にある前提を崩すこと、
抱えているように思える問題や矛盾がじつは幻影だったと明らかにすることです。
この本は古い信念を新しい信念に入れ替えるためのものではありません。
信じる信じないに関係なく、存在しているものを見つけませんかという誘いなのです。
直接経験すると、どんなものにも実体や実質がないことに気づきます。
変化を続けながら絶えず現れているこの経験は、虚無的な意味での無ではありません。
それは、つかむことも避けることもできない、
みごとに多様で絶えず変わりつづける途切れのない一体性という、非―もの性なのです。
(本文より)
わかりやすく読みやすいです。
アメリカ在住の女性のノンデュアリティ・ティーチャーの本。
「現実そのもの(起こっているそのままの経験)は、考えによってはつかむことができず、それと同時にまったく明白だということがわかるでしょうか?」
「つかむものがなければ、何かをつかめる人もいない。」
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この本の目的は、疑問に対して答えを差し出すことではありません。
むしろこの本が目指しているのは、こうした疑問の土台にある前提を崩すこと、
抱えているように思える問題や矛盾がじつは幻影だったと明らかにすることです。
この本は古い信念を新しい信念に入れ替えるためのものではありません。
信じる信じないに関係なく、存在しているものを見つけませんかという誘いなのです。
直接経験すると、どんなものにも実体や実質がないことに気づきます。
変化を続けながら絶えず現れているこの経験は、虚無的な意味での無ではありません。
それは、つかむことも避けることもできない、
みごとに多様で絶えず変わりつづける途切れのない一体性という、非―もの性なのです。
(本文より)
- 言語日本語
- 発売日2016/10/16
- ファイルサイズ3302 KB
- 販売: Amazon Services International LLC
- Kindle 電子書籍リーダーFire タブレットKindle 無料読書アプリ
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商品の説明
著者について
ジョーン・トリフソン Joan Tollifson
アドヴァイタ、仏教、先鋭的な非二元を好んでいるが、 どんな伝統にも属していない。
著書に『Bare Bones Meditation』『Awake in tne heartland』
『Painting the sidewalk with water』がある。
ウェブサイト
www.joantollifson.com
アドヴァイタ、仏教、先鋭的な非二元を好んでいるが、 どんな伝統にも属していない。
著書に『Bare Bones Meditation』『Awake in tne heartland』
『Painting the sidewalk with water』がある。
ウェブサイト
www.joantollifson.com
登録情報
- ASIN : B01M3R2VDJ
- 出版社 : ナチュラルスピリット (2016/10/16)
- 発売日 : 2016/10/16
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 3302 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効
- Word Wise : 有効にされていません
- 付箋メモ : Kindle Scribeで
- 本の長さ : 221ページ
- Amazon 売れ筋ランキング: - 23,689位Kindleストア (Kindleストアの売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2022年1月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
読み進めて行く内に、ふと涙が溢れたり、ただそのままにしておける。
探求が終わりました。
手元に置きたくて、単行本を購入しました。
ありがとうございました。
探求が終わりました。
手元に置きたくて、単行本を購入しました。
ありがとうございました。
2015年7月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
なぜ人は苦しみ悩むのか。
それを突きとめるために
キリスト、ブッダを始めとする、世界中の
宗教家や哲学者や思想家や文学者が
妻子を捨てて何年も滝に打たれたり、座禅をしたり
「生きている限り苦しみから逃がれることはできない」と
早とちりして自ら命を絶ったり……
すったもんだしながら格闘してきた大命題を
著者はさくっと解いている。自分なりにまとめると
「わたしが気づいたのは、苦しみや混乱が現れるときはいつも、
意識が思考の中で迷子になり、空想の世界に
魅了されてしまっている、ということです。
そのとき意識は『それ自体が海全体だ』ということを忘れ、
ただひとつの波と一体化して生き残ろうとしつつ、
その波としての成功を追い求めている。
『海を離れて存在する波はない』と悟り、
『自分』と『今の瞬間のこのできごと』のあいだに
想像上の分離がないとき、
苦しみは終わり、悩みも問題も消え去ります」
この海と波のたとえは、とてもわかりやすい。
すべての生物にとって、どんなときも全く疑いようのない、
ただひとつの真実。それは
「今この瞬間という生きている現実が、ここにある」ということ。
朝の光、鳥のさえずり、葉っぱの緑、花の香り、快楽や痛み、
「ここにいる」という認識…
すべてを見守りながら、聴きながら、見ながら、感じながら、
気づきながら、
わたしは今ここに生きて在る。
ただこの瞬間にいる。
そこに素直に身を任せ、自分を開いていくと、
なんのへんてつもなく見えていた「この瞬間」の
とてつもない輝きに気づく。
180億年近い宇宙史の中で
わたしが今在る「この瞬間」は
大いなる摂理によってもたらされた
たったひとつのミラクル。
次の瞬間には、心筋梗塞や大地震で
「今は亡きわたし」になる摂理かもしれない。
たかだか数百万年の歴史しかない
人類アタマで
苦しみだの悩みだのにかまけて
生きている
今この瞬間をおろそかにするのは
全くもったいない。
母なる宇宙に守られて
今ここで、わたしだけの瞬間に
立ち合っている奇跡に深く感謝する。
五感のありったけで、
生きる歓びを味わい続けよう。
それを突きとめるために
キリスト、ブッダを始めとする、世界中の
宗教家や哲学者や思想家や文学者が
妻子を捨てて何年も滝に打たれたり、座禅をしたり
「生きている限り苦しみから逃がれることはできない」と
早とちりして自ら命を絶ったり……
すったもんだしながら格闘してきた大命題を
著者はさくっと解いている。自分なりにまとめると
「わたしが気づいたのは、苦しみや混乱が現れるときはいつも、
意識が思考の中で迷子になり、空想の世界に
魅了されてしまっている、ということです。
そのとき意識は『それ自体が海全体だ』ということを忘れ、
ただひとつの波と一体化して生き残ろうとしつつ、
その波としての成功を追い求めている。
『海を離れて存在する波はない』と悟り、
『自分』と『今の瞬間のこのできごと』のあいだに
想像上の分離がないとき、
苦しみは終わり、悩みも問題も消え去ります」
この海と波のたとえは、とてもわかりやすい。
すべての生物にとって、どんなときも全く疑いようのない、
ただひとつの真実。それは
「今この瞬間という生きている現実が、ここにある」ということ。
朝の光、鳥のさえずり、葉っぱの緑、花の香り、快楽や痛み、
「ここにいる」という認識…
すべてを見守りながら、聴きながら、見ながら、感じながら、
気づきながら、
わたしは今ここに生きて在る。
ただこの瞬間にいる。
そこに素直に身を任せ、自分を開いていくと、
なんのへんてつもなく見えていた「この瞬間」の
とてつもない輝きに気づく。
180億年近い宇宙史の中で
わたしが今在る「この瞬間」は
大いなる摂理によってもたらされた
たったひとつのミラクル。
次の瞬間には、心筋梗塞や大地震で
「今は亡きわたし」になる摂理かもしれない。
たかだか数百万年の歴史しかない
人類アタマで
苦しみだの悩みだのにかまけて
生きている
今この瞬間をおろそかにするのは
全くもったいない。
母なる宇宙に守られて
今ここで、わたしだけの瞬間に
立ち合っている奇跡に深く感謝する。
五感のありったけで、
生きる歓びを味わい続けよう。
2020年8月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
なんども繰り返し読みたいです。
心が落ち着きます。
心が落ち着きます。
2017年3月21日に日本でレビュー済み
ハンデ,神経症,依存症的な傾向を抱え格闘してきた方,ノンデュアリティを探求し続けてきて一種の行き止まり感を覚えている方には,とても共感できる部分の多い本ではないかと思います。
私個人は,若干合わなかったようで,途中で読み疲れしてしまいましたが,
それでもやはりとてもよい本であり,自分の思考や感情が現れる様をしっかり見つめる習慣がつきそうな点,歪めたりジタバタせずそのままを受け入れてそれと共に生きることができるようになれそうな点で,非常に有益でした。
私個人は,若干合わなかったようで,途中で読み疲れしてしまいましたが,
それでもやはりとてもよい本であり,自分の思考や感情が現れる様をしっかり見つめる習慣がつきそうな点,歪めたりジタバタせずそのままを受け入れてそれと共に生きることができるようになれそうな点で,非常に有益でした。
2015年9月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
内容は「今この瞬間」しかないこと、「今起こっていることがすべて」であり「完璧」であることが繰り返し語られています。
翻訳者さんのあとがきでも触れられていますが、著者はかつてはアルコール中毒、ドラッグ中毒、ヘビースモーカーで若い時にはかなり荒れていて、強迫性の障害がありレズビアン、政治運動などにも参加してきた…と、かなり激しい人生を歩んできたそうで、「目覚め」に関しても劇的な覚醒体験があったわけではなく、自然に探求が止まった…という人で他のアドバイタ、非二元の人からすると珍しいタイプかもしれません。
でもこれは逆に悟りや気づきに個人の体験や経歴などはまったく関係ないと感じさせてくれます。
彼女は現在、気づきの感覚がある一方で、それまでの自らのさまざまな苦労、紆余曲折の体験から「気づき」「今という瞬間」がいかに重要で大切かを自らの経験や失敗談、たとえを交えてなるべく分かりやすく伝えようとしてる感じで、全体的に表現が柔らかで優しく、ユーモアもあり、哲学的な言葉や抽象的な表現、ややこしい専門用語などを使わず、きわめて普通の言葉で語ってくれていて読んでいて「これはどういう意味なんだろう?」と頭を悩ますこともほとんどなく読みやすかったです。
どこか超然とした感覚から話すのではなく、フツーの言葉、感覚で語ってくれていて、とても親しみを覚えました。
印象に残った部分をちょっとだけ…
P 182
境界のない絶対は天国と地獄の両方を含んでいるという認識が目覚めなのです。地獄を避けて天国だけを経験したいという願望こそが実は地獄の一側面であり、一種の催眠であり、あるいは欺瞞の言葉だったことが分かります。
P 192
悟りとはあらゆることが「聖なる現実」だと認識することです。迷妄すらもです。一方で迷妄とは「外側」で「聖なる現実」を探しながら「目の前のこれは違う」と思い込むことです。迷妄は起こることを何でも個人的に受け取りますが、悟りは個人的なことは何もないと認識します。
悟りはすべてを無条件に愛し、どこを向いても神だけを見ますが、迷妄は敵や障害、克服し排除しなくてはいけないものを見ます。
何回か読んでみて普段の日常で「幻想の自分」、「思考」が「ありのままの現実」にイメージや概念を塗り重ねて見てしまっていること、彼女のよく使う言葉を借りると「地図と土地を取り違えてしまう」こと、「今という完璧な瞬間、完成された今という常に流れている映画」に思考が「コレが気にくわない」「アレはダメだ」とあれこれ文句を言ってるのが混乱の元だとあらためて感じました。
これらのことは他の悟り系、非二元の本でも言われていることですが、彼女の表現は自分には読みやすく、しっくりきた感じです。
ただこれは読む人間と本の相性みたいなものもあるかもしれません。
翻訳者さんのあとがきでも触れられていますが、著者はかつてはアルコール中毒、ドラッグ中毒、ヘビースモーカーで若い時にはかなり荒れていて、強迫性の障害がありレズビアン、政治運動などにも参加してきた…と、かなり激しい人生を歩んできたそうで、「目覚め」に関しても劇的な覚醒体験があったわけではなく、自然に探求が止まった…という人で他のアドバイタ、非二元の人からすると珍しいタイプかもしれません。
でもこれは逆に悟りや気づきに個人の体験や経歴などはまったく関係ないと感じさせてくれます。
彼女は現在、気づきの感覚がある一方で、それまでの自らのさまざまな苦労、紆余曲折の体験から「気づき」「今という瞬間」がいかに重要で大切かを自らの経験や失敗談、たとえを交えてなるべく分かりやすく伝えようとしてる感じで、全体的に表現が柔らかで優しく、ユーモアもあり、哲学的な言葉や抽象的な表現、ややこしい専門用語などを使わず、きわめて普通の言葉で語ってくれていて読んでいて「これはどういう意味なんだろう?」と頭を悩ますこともほとんどなく読みやすかったです。
どこか超然とした感覚から話すのではなく、フツーの言葉、感覚で語ってくれていて、とても親しみを覚えました。
印象に残った部分をちょっとだけ…
P 182
境界のない絶対は天国と地獄の両方を含んでいるという認識が目覚めなのです。地獄を避けて天国だけを経験したいという願望こそが実は地獄の一側面であり、一種の催眠であり、あるいは欺瞞の言葉だったことが分かります。
P 192
悟りとはあらゆることが「聖なる現実」だと認識することです。迷妄すらもです。一方で迷妄とは「外側」で「聖なる現実」を探しながら「目の前のこれは違う」と思い込むことです。迷妄は起こることを何でも個人的に受け取りますが、悟りは個人的なことは何もないと認識します。
悟りはすべてを無条件に愛し、どこを向いても神だけを見ますが、迷妄は敵や障害、克服し排除しなくてはいけないものを見ます。
何回か読んでみて普段の日常で「幻想の自分」、「思考」が「ありのままの現実」にイメージや概念を塗り重ねて見てしまっていること、彼女のよく使う言葉を借りると「地図と土地を取り違えてしまう」こと、「今という完璧な瞬間、完成された今という常に流れている映画」に思考が「コレが気にくわない」「アレはダメだ」とあれこれ文句を言ってるのが混乱の元だとあらためて感じました。
これらのことは他の悟り系、非二元の本でも言われていることですが、彼女の表現は自分には読みやすく、しっくりきた感じです。
ただこれは読む人間と本の相性みたいなものもあるかもしれません。
2018年10月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
発刊当時、宣伝コピーにひかれて買って読んでみましたが、
読み進めても何かモヤモヤ感がずっとあり、しっくり来ませんでした。
きっと私の肌に合わなかっただけでしょう。
タイトル通り、この本はつかめなかった・・。
非二元系の本の中では個人的にはネイサン・ギルの「すでに目覚めている」でシフトが起きました。
読み進めても何かモヤモヤ感がずっとあり、しっくり来ませんでした。
きっと私の肌に合わなかっただけでしょう。
タイトル通り、この本はつかめなかった・・。
非二元系の本の中では個人的にはネイサン・ギルの「すでに目覚めている」でシフトが起きました。
2019年9月2日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
今ここ、全てを感じる、溶けこんでいて、う―ん、と感じる。やはり言葉で説明すると何か違ってしまう。五感なのか六感なのか分からない。言葉を使うとパラドックスが生じ思考がグルグルと動き出す。半分は読み物だが残りはやってみて実感するといい。そこには何もなくただ感じている自分?がいるだけ。主体が主権を取り戻すと思考したら探求者としてずっと探すことになる。掴めない月 かも知れない。