大好きな「黄昏のビギン」について書かれた本ですので、一気に読みました。
基本的には、作曲者の中村八大さんからのアプローチでした。ちあきなおみさんへの言及は、第1章の「ちあきなおみの『黄昏のビギン』」にほとんど集約されており、第4章で展開してある新事実を筆者の努力で発見した過程には引き込まれました。
第5章の『イメージの原点にあった風景と音楽』で、「黄昏のビギンの物語」に相応しいまとめ方がしてありました。
内容は、中村八大さんへの言及が多く、その点では筆者の別著『上を向いて歩こう』と重複する箇所もあり、当方の思いとは違いました。ただ、副題の「奇跡のジャパニーズ・スタンダードはいかにして生まれたか」通りの展開ですし、戦後歌謡史をたどりながら丁寧に当時の世相と絡めながら辿り着いた内容ですから悪いはずはありません。
6ページに、中村八大さんが「生前、代表作を問われたときに『黄昏のビギン』を挙げることが多かった」のは意外でした。筆者同様、大ヒットした「上を向いて歩こう」でもなく、日本レコード大賞受賞曲の「黒い花びら」でもなく、同じく「こんにちは赤ちゃん」でもないわけですから。
16ページの「流行歌をスタンダードとしてよみがえらせる試み」での、ちあきなおみさんの1985年に発売されたアルバム『港が見える丘(現在では『星影の小径』で再発売)』に書かれた筆者の思いと同じでした。「昔からの名曲をただ懐かしむのではなく、スタンダードとしてよみがえらせるために行った制作者たちの冒険」は、けだし名言でした。また名文家だった久世光彦氏の『マイ・ラスト・ソング』での分析や思いも引用してあり、同じ感覚を共有しながら読み進めました。
「『すたんだーど・なんばー』に込められた思い」は、まさしく本書のメインテーマであり、根幹をなすものでした。1991年にテイチクから発売されたちあきさんの名アルバム『すたんだーど・なんばー』は、当方の愛聴盤でもあります。ここに収められた「黄昏のビギン」の歌唱と、編曲の服部隆之の素晴らしさに言及した本章の展開は、書き手の愛情が詰まっているからこそ、読み手を惹きつけるのです。
1992年6月10日には中村八大さんが逝去され、同年9月11日にちあきさんの夫の郷鍈治氏さんが55歳で永眠されるわけで「死者たちに捧げられた鎮魂歌だったのかもしれない」という項目も読ませます。タイトルに書かれた意味合いとは順序が変わるわけですが、象徴的な出来事であったのは間違いありません。
その後の憂歌団の木村充揮が歌った「黄昏のビギン」(『流行歌』所収)を「まるで古酒のように味わい深い逸品」と評していました。筆者の比喩も秀逸です。
「21世紀になって訪れたカヴァーの時代」の項も参考になりました。「黄昏のビギン」が多くのアーティストに愛され、歌われていった例を丁寧に追っていました。筆者の文をたどることで、「黄昏のビギン」の変遷が理解できるわけですから。
第2章「中村八大という音楽家」は筆者の本領発揮といった内容でした。利根一郎の「星の流れに」に始まり、早稲田大学時代の錚々たる才人達の顔触れを見るにつけ、戦後歌謡史の彩りと奥深さが伝わりました。八大さんのジャズ・ピアニストとしての名声を確立したビッグ・フォーの超人気ぶりも伺えました。
第3章「ソングライター、六・八コンビ」の中の、「ひと晩で作られた歌は十曲」のエピソードは、戦後歌謡史の秘話のようでした。「黒い花びら」も含めて、登場する多くの方が鬼籍に入られているわけですから、貴重な逸話群です。「黄昏のビギン」を追いながら、巨大な日本歌謡史の本流に揉まれていく感覚を受けながら、心地よく読み進める醍醐味は格別でした。
第4章「究極のジャパニーズ・スタンダードの誕生」で、永六輔さんが「黄昏のビギン」について語り、「実はあの歌、八大さんがつくったんです、詞も曲も」は驚きの証言でした。作曲家と作詞家との共同作業の一端を垣間見る感じでした。詳細は本書で確認してください。そうだったのか、という思いに駆られます。
173ページ以降の「ロカビリー映画の中で使われた題名のない歌」こそ、本書のキーワードの発見でした。筆者の探究心の深さと努力の結晶でしょう。
第5章「イメージの原点にあった風景と音楽」でのセルジオ・メンデスとsumireの「黄昏のビギン」の収録シーンについて言及してあるのも嬉しい配慮でした。アルバム『ランデヴー』も愛聴盤ですから、236ページ以降の話は大変参考になりました。まして、ナラ・レオンと一緒の来日の話をセルジオ・メンデスが語り、それを本書で読めたわけですから。
本当に、良い本と出会ったと思っています。

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「黄昏のビギン」の物語: 奇跡のジャパニーズ・スタンダードはいかにして生まれたか (小学館新書) 新書 – 2014/6/2
佐藤 剛
(著)
奇跡のスタンダードはこうして誕生した!
直近では歌手活動を再開した薬師丸ひろ子がカヴァーして話題となった「黄昏のビギン」。1959年に映画の挿入歌としてワンコーラスだけ作られたこの曲は、当時の人気歌手・水原弘のレコードB面となって命を吹き込まれ、その後32年の時を経て歌手・ちあきなおみがレパートリーに加えたことで再発見されました。
さらにCM等で使用されるうちに人々の耳朶に届き、アン・サリー、石川さゆり、稲垣潤一、岩崎宏美、小野リサ、木村充揮、さだまさし、中森明菜・・・・・・と個性も実力もあるシンガーたちにカヴァーされて、日本のスタンダードとして定着しました。
この軌跡を克明に追いかけ、なぜこの曲が人々に愛されるに至ったかを解明し、日本人の心性に迫るノンフィクションです。
直近では歌手活動を再開した薬師丸ひろ子がカヴァーして話題となった「黄昏のビギン」。1959年に映画の挿入歌としてワンコーラスだけ作られたこの曲は、当時の人気歌手・水原弘のレコードB面となって命を吹き込まれ、その後32年の時を経て歌手・ちあきなおみがレパートリーに加えたことで再発見されました。
さらにCM等で使用されるうちに人々の耳朶に届き、アン・サリー、石川さゆり、稲垣潤一、岩崎宏美、小野リサ、木村充揮、さだまさし、中森明菜・・・・・・と個性も実力もあるシンガーたちにカヴァーされて、日本のスタンダードとして定着しました。
この軌跡を克明に追いかけ、なぜこの曲が人々に愛されるに至ったかを解明し、日本人の心性に迫るノンフィクションです。
- 本の長さ252ページ
- 言語日本語
- 出版社小学館
- 発売日2014/6/2
- ISBN-104098252147
- ISBN-13978-4098252145
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登録情報
- 出版社 : 小学館 (2014/6/2)
- 発売日 : 2014/6/2
- 言語 : 日本語
- 新書 : 252ページ
- ISBN-10 : 4098252147
- ISBN-13 : 978-4098252145
- Amazon 売れ筋ランキング: - 649,320位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 414位小学館新書
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トップレビュー
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2014年8月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2014年7月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
黄昏のビギンは、2000年前後にCMで聞いて、気に入りました。
初めて聞いたはずなのに、どこかで聞いたことのあるような・・。
そして、それを歌った ちあきなおみ が気になる存在になりました。
てっきり、ちあきなおみ の物語かと思い、手にとりました。
が、思いもよらず中村八大でした。
永六輔、中村八大、坂本九の「六八九トリオ」として有名ですが、この曲の作曲者とは知りませんでした。
しかも、水原弘が歌い、1959年に発売した古い曲だったのは驚きでした。
その中村八大と彼を取り巻く人々によって、日本のポピュラー音楽界の物語が展開します。
本書のような楽曲そのものを題材にしたドキュメントは珍しいと思います。
仮説を立てるための感性と、仮説を立証するための膨大な事実を必要とし、とても時間と労力がかかったことが想像されます。
意外な事実が次々と出てくる力作です。
(なお、本書を読んで、著者は、岩波書店から「上を向いて歩こう」という本を上梓していることを知りました。)
個人的には、ちあきなおみ あっての「黄昏のビギン」というイメージが強く、ちあきなおみ の物語も、もう少し展開してほしかったと思います。
(263)
初めて聞いたはずなのに、どこかで聞いたことのあるような・・。
そして、それを歌った ちあきなおみ が気になる存在になりました。
てっきり、ちあきなおみ の物語かと思い、手にとりました。
が、思いもよらず中村八大でした。
永六輔、中村八大、坂本九の「六八九トリオ」として有名ですが、この曲の作曲者とは知りませんでした。
しかも、水原弘が歌い、1959年に発売した古い曲だったのは驚きでした。
その中村八大と彼を取り巻く人々によって、日本のポピュラー音楽界の物語が展開します。
本書のような楽曲そのものを題材にしたドキュメントは珍しいと思います。
仮説を立てるための感性と、仮説を立証するための膨大な事実を必要とし、とても時間と労力がかかったことが想像されます。
意外な事実が次々と出てくる力作です。
(なお、本書を読んで、著者は、岩波書店から「上を向いて歩こう」という本を上梓していることを知りました。)
個人的には、ちあきなおみ あっての「黄昏のビギン」というイメージが強く、ちあきなおみ の物語も、もう少し展開してほしかったと思います。
(263)
2015年9月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「黄昏のビギン」の成立事情をよく調べている点は良いが、ちあきなおみへの思い入れが強すぎて「ちあきなおみ礼賛本」になってしまっているのが残念だ。もし「黄昏のビギン」がスタンダードナンバーになったとすれば、それはテレビCMの力に依るものである。大衆音楽とテレビメディアの相関関係に対する冷静な分析が欲しかった。