国鉄労使の歴史は単に一事業体での労使関係・労働争議に留まらず、戦後史の一時代を背負ったものであるという著者の認識を、本書のタイトルが示している。従って、全編に亘ってその叙述は労使関係というよりは「政労使関係」を主軸に描かれている。
「昔陸軍、今総評」と呼ばれるほど大きな社会的影響力を持っていた総評(日本労働組合総評議会)の主要組織であった国労からは、多くの社会党員が代議士となって国政の場に登場していた。国鉄労組は大きな政治力も持っていたわけである。そしてこの当時、公務員組合である国鉄の労組は公労法(公共企業体等労働関係法)によってストライキを禁じられ、また使用者である国鉄公社は賃金の最終決定権を持たず、労使の紛争は企業内で解決できない状態にあった。このことが、国鉄労使関係に不思議なねじれを生むことになる。つまり、時によって労使は一体となって政府に反対し、あるときはまた労使が対立して政府が間に入る、ということが起きる。また、組合どうしが左右両派に分かれて対立し、あるときは労使が協調して左派組合を批判糾弾したり、といったこともあった。
そのような「国鉄労使の波瀾万丈のドラマは、戦後史の重要な断面を表すものであり、したがって国鉄労使関係が、国鉄経営の興亡、日本の労働運動史、政治史、経済史あるいは社会情勢と重なり合う地点で何が起きていたのか、それを改めてたどり直して、一つの時代の大事な証言として残しておくべき」(14頁)という著者の思いに動かされ、本書は成り立っている。著者の目論見どおり、本書は波瀾万丈のドラマが生き生きと描かれ、読み物として読みやすく、たいへん面白い。ただし、関係者からのインタビューをあえて一切行わなかったため、「いま暴かれる衝撃の真実」というような新発見や裏話を読む楽しみに欠けるのが残念だ。
いくつもの組合が乱立し、複雑に当局との力関係を築いていた国鉄労使の歴史は、一面からだけではわからないことが多い。その点、複数の立場の証言を重ねていくことでエピソードを組み立てていく本書の構成は読み応えがある。また、客観的な叙述に努めたと言いながら、国鉄職員としてのそのときどきの心情が率直に吐露されている部分は、読者の琴線に触れるものがある。全体を通して組合批判が底流しており、とりわけ国労には厳しい意見が書かれている。それとても、国鉄という職場を愛した著者の偽らざる真情なのだろう。
わたしは労使が持ち場持ち場で勤務態勢について話し合いを行う「現場協議制」について、時代を追ってその実態が描かれている部分に興味を持った。これは職場の民主主義の根幹に関わることなのだが、現場協議において労使のどちらが強い立場にあるかで、随分状況が変わっていたようだ。国労は現場長を「敵階級の第一線」と位置づけ、職制(現場長、助役)を敵と見なして非協力闘争を行った。これについては中間管理職の悲哀とも呼ぶべき事態が頻出したようで、昨日まで組合員だった助役などの職場長を非組合員と定義しなおした公労法のせいで、「職制は敵」という論理が成り立ち、やがて職場闘争の名の下に国労は「労使対等」の域を超えて「職場支配」と呼ばれるような事態になった、と著者は批判している。このあたりの考え方については労組側から異論反論が出そうな気がするが、果たしてどうなのだろうか。
また、もう一つ面白かったのは、対立する主要3組合の動きがそれぞれ活写されている部分。とりわけ、傍目にはわかりにくい動労の動きが整理され、なぜ動労があるときは階級闘争至上主義で突っ走ったのにたちまち右派の鉄労と手を結ぶことになったのか、その変転について、ある場合には辛辣な、またある場合にはユーモラスな描写も交えて書かれていたところが大変面白かった。
個々の局面においては未だに謎が残る様々な事柄も含めて、国鉄の労使関係については今後、新たな研究成果が待たれる。本書はその入門書として好適。組合にとって耳の痛いこともたくさん書かれているが、今にして思えばあのとき…という感慨や反省もまた生まれるのではないだろうか。

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戦後史のなかの国鉄労使―ストライキのあった時代― 単行本 – 2011/9/13
升田 嘉夫
(著)
41年にわたる国鉄労使紛争は、一個の経営体の枠組みを超え、時代の相貌の形成に関わるものであった。国鉄労使が背負い込んだ時代とは何だったのか。同時代を国鉄で生きた著者が、“国鉄職員である一市民の立場・視点”から「あの時代」を振り返り検証する。
- 本の長さ496ページ
- 言語日本語
- 出版社明石書店
- 発売日2011/9/13
- ISBN-104750334588
- ISBN-13978-4750334585
登録情報
- 出版社 : 明石書店 (2011/9/13)
- 発売日 : 2011/9/13
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 496ページ
- ISBN-10 : 4750334588
- ISBN-13 : 978-4750334585
- Amazon 売れ筋ランキング: - 671,201位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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2012年2月3日に日本でレビュー済み
2011年10月21日に日本でレビュー済み
小熊英二氏が大著『1968』にて学生運動(一番明示的なものはデモ)が先鋭・暴走化していく過程で市民の支持を失って、そして学生運動が無くなっていくさまを描いているとすれば、当著は労働運動(一番明示的なものはストライキ)が同様の過程を経て無くなっていくさまを描いている。
国鉄労組はその規模あるいは社会への影響力という観点からも、国鉄内部におられた筆者が各種資料を通覧の上整理した国鉄労使の歴史は、今後、戦後政治史を考える上でも必読かつ貴重な『史料』として歴史として残っていくであろう。
個人的には、現場管理職とトップが燃え上がったマル生運動がどうして挫折したのか、そして動力車労働組合(動労)と革マル派の関係性、そして分割民営化に至る世論の形成が非常に興味深かった。当著は国労瓦解をもってひとまず筆を措いているが、JR採用闘争としてその後も(正確に言えば今に至るまで)尾を引いたことを付記しておきたい。
国鉄労組はその規模あるいは社会への影響力という観点からも、国鉄内部におられた筆者が各種資料を通覧の上整理した国鉄労使の歴史は、今後、戦後政治史を考える上でも必読かつ貴重な『史料』として歴史として残っていくであろう。
個人的には、現場管理職とトップが燃え上がったマル生運動がどうして挫折したのか、そして動力車労働組合(動労)と革マル派の関係性、そして分割民営化に至る世論の形成が非常に興味深かった。当著は国労瓦解をもってひとまず筆を措いているが、JR採用闘争としてその後も(正確に言えば今に至るまで)尾を引いたことを付記しておきたい。